書評

未来の故郷へ向かう鉄路

文: 伊藤 氏貴 (文藝評論家・明治大学准教授)

『ターミナルタウン』 (三崎亜記 著)

 さて、本編に関係あるようなないような電車の話ばかりしやがって、とお思いの向きもあるかもしれませんが、察しのよい方なら、私が本書に登場する中の誰推しであるか、もうおわかりでしょう。そうです。丸川です。

 溢れるほどのその能力を、好き勝手に、自分の利益のために使うのでなく、駅に捨てられた自分を育ててくれた町のために身を捧げます。

「十で神童、十五で才子、二十過ぎればただの人」という世間並みの「神童」ではなく、真の才能を秘めつつも、嘱望された博士でも大臣でもなく、寂れゆくこの町の一駅員となることを選んだのは、彼にとってそれが「鉄」のように堅い「道」だったからでしょう。それ以外の選択肢など考えられなかったのです。

 傍から見れば、つまらない選択と思えるかもしれません。しかし、これこそ自分の使命だと思える道を見つけるほどの幸せがあるでしょうか。それが他から見ればどんなに退屈で、どんなに不自由な生き方だったとしても、です。一般に、鉄道への憧れとは、自分の進むべき道がはっきりと見えることへの憧れなのかもしれません。

 単調で退屈に見える列車の運行も、しかしその裏側には途轍もなく複雑な仕組みが隠れています。私たちはちょっとしたトラブルですぐ遅れる電車にしばしば腹を立てますが、その脆弱さは逆に、決まった時間に決まった場所に電車が来ることがいかに緻密な計算の上に成り立っているかを示しています。

 たとえば首都圏の路線の錯綜を見てください。さまざまな快速や急行が停まったり停まらなかったり平日と休日でそれが違ったり別会社の路線が相互に乗り入れていたりと、私なぞ半世紀近く使っていても到底把握しきれません。

 鉄道の単調さは、その裏で調整される途方もない複雑さによってようやく成り立っているのです。私たちがその複雑さに気をとられないよう、細心の配慮がなされているのです。そして、都市の動脈とも言える鉄道を正確無比に走らせるべく苦心する人々の人生は決して単調ではありません。ですからその裏側を知るためには、想像力が必要です。そして、本書の作者の想像力は、たんに寂れゆく鉄道駅とその周りの町という、日本のあちこちでありうる現在を越えて、異世界にまで広がってゆきます。その魅力も本書の欠かせない一部を成しており、いろいろな角度、いろいろな切り口から楽しめる作品になっています。

 たとえば、持って生まれた才能次第で隧道を種からいかようにも育てる隧道士という、飛び抜けた発想。一方で町おこしのために思惑を対立させる町の人々という、ありふれた現実。またたとえば、狂信的とも言える鉄道原理主義者という、今の世界を想起させる寓意。さらには、シャミッソー『影をなくした男』を思い出させる響一や、ワグナーらによってさまざまに描かれてきた幽霊船を思わせる幽霊列車という、文学的な記憶――異なる位相、異なる入口から入って、異なる路線を辿って何度もこの作品を味わいなおすことができるでしょう。それは、これが、どれほど想像の翼を大きく広げているとしても、たしかな「現実」を描いているからです。

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ターミナルタウン
三崎亜記・著

定価:本体970円+税 発売日:2016年10月07日

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