書評

手でつくるということ

文: 森 英恵 (ファッションデザイナー)

『グッドバイ バタフライ』 (森英恵 著)

「グッドバイ バタフライ」。これは、二〇〇四年七月、パリのオートクチュール組合のメンバーとしての、私の最後のファッションショーを見たヘラルド・トリビューン紙の有名エディター、スージー・メンケスさんが書いた記事のタイトル。二十七年間、東洋人初のクチュリエとして私を温かく受け入れてくれたパリの最後のショーに贈ってくれた言葉である。

  私は作品のモチーフにしばしば蝶を使った。島根の山間に生まれた私には、寒い冬の後に訪れる春は待ち遠しい。菜の花やレンゲのたんぼに飛び交う蝶は、子供心にも希望のシンボルだった。短命なはかなさがファッションにも通じるように感じていた。

  ミラノのスカラ座で浅利慶太氏演出のオペラ「マダム・バタフライ」の衣裳を手がけた仕事も忘れがたい。蝶のモチーフや柄を題材にする私をいつしか、“マダム・バタフライ”と呼ぶ欧米人たちもいた。 “洋服”と呼ばれる衣服を生涯の職業にして、長い間、走り続けてきた。

  医者で、趣味の豊かな父の影響があったのだろう。大学卒業後まもなく結婚して、何かしたいと強く思うようになったとき、私にできるのは、「手でつくる」ことだと思った。せめて家族や自分が身につけるもの、美しいものをこの手でつくりたいと、ドレスメーキングの学校に通い始めたのが、この道への入り口であった。

  ファッションは“時代の風”。日常の生活の中で、新しい空気を掴(つか)み、それほど遠い未来のためではなく、やがて訪れる季節を新鮮なかたちにする。暮らしを豊かにして、それぞれの個性を表現するものづくりが楽しかった。

  いま、時代が大きく変化している。国境の垣根が低くなり、地球は狭くなった。世界中がネットでつながり、情報が簡単に共有される。日本には素晴らしい伝統や文化があるのに、このままでは同化されてしまうのではないか。さらにはあらゆるもののコンピュータ化。人間の機能は退化するのではないか。日本人の感受性や卓越した手仕事の技さえも衰えてしまわないだろうか。そんな危機感が、この本につながった。

グッドバイ バタフライ
森 英恵・著

定価:1890円(税込) 発売日:2010年12月16日

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