若林亜紀さんに最初に会ったのは二十年以上も前になる。 「将来ライターになりたいんです」と明るく言う慶応大の女子学生だった。黒目がくりくりした一点の曇りもない目で見つめられて言われるとライターとしての素質をみるどころではなく、思わず目をそらせてしまった。
それから私が週刊朝日編集部にいるときに当時の人気コラムだった「デキゴトロジー」にライターとして参加してもらった。といっても、彼女は大学を卒業する直前で、その後大手建設会社に就職した。大学や会社生活のへんなデキゴトを面白く器用にまとめていたことを思い出す。
その後、私が異動したせいもあって疎遠になった。再会は突然だった。会いたいという電話があり、二〇〇一年、有楽町の中華料理店で十五、六年ぶりに食事をした。私は週刊朝日の副編集長。建設会社から特殊法人の日本労働研究機構に転職してもう十年間勤務していると聞いて、「安定しているところでよかったですね」という話をしたのを覚えている。すでに公務員のような仕事だから、編集者の目線ではなく、大学の先輩として「ふん、ふん」と話を聞いていた。
ところが、またもや目をまっすぐに見すえて、
「うちの組織のことを書きたいのです」
「えっ?」
「いかに無駄が多いか内部告発したいのです」
本当に驚いた。彼女はお酒をほとんど飲まないので一人でビールを飲み干した。久しく忘れていた編集者の脳が動き始めた。
「内部告発はひょっとしたら辞めなくてはならないかもしれないよ」
と言っても、
「大丈夫です」
と涼しい目をする。
目の前にいる人が大学の後輩から作家に変り始めた瞬間だった。
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