その年の秋、A4で百五十ページもの原稿を抱えて会社にやってきた。さっそく読んでみると、不正や公金横領、セクハラ、いじめなどまさに不祥事のワンダーランド。これをもとに〇一年十二月から週刊朝日で三週にわたって「元労働事務次官が理事長に天下った『お気楽』特殊法人あきれた実態」と題して報じた。反響は大きく、ほかの省庁の官僚から「こっそり実態教えて」と言ってきた。また「別の特殊法人で働いている者です。でたらめな様子を聞いてください」と別の内部告発まで誘発した。読者から「ひどすぎるので感想をいうこともできない」とはがきがきたのが印象に残っている。機構が名誉毀損かなにかで訴えてくることも覚悟していたが、実際はHPで短い「反論」を掲載しただけだった。
この特集記事をもとに〇三年春『ホージンノススメ――特殊法人職員の優雅で怠惰な生活日誌』を朝日新聞社から刊行した。単行本は内容も告発調の文体ではなく、軽いタッチで書かれていたこともあって、ワイドショーやほかの週刊誌にも多く取り上げられ、彼女はすっかり勇気ある告発者、行政改革の旗手のように一気に注目される存在になった。
若林さんの新著『国破れて霞が関あり――ニッポン崩壊・悪夢のシナリオ』の今度の敵は官僚全体に広がってきた。スケールが大きくなった。
冒頭ではなんとアイスランドに取材に行っている。
「アイスランドはGDPの十二倍の借金で破綻したが、日本も国家予算の十二倍の借金がある。日本はどうすればいいのか。まず国の予算がどのように使われているのかを知ることだ」と述べている。特殊法人を内部告発したのも同じ疑問を持って始めた。今回も破綻した国が日本の参考になるのではないかと足を運んだ。報道の現場にいると、ついアイスランドは遠い国だから読まれるかな、と考えてしまう。彼女はなんのためらいもなく遠い国に行き、黒目をくりくりさせながら質問をぶつけてきている。圧巻はハーデ首相の記者会見に乗り込み、英語で直接質問する箇所だ。彼女は、日本がIMFを通じてアイスランド救済を主な目的として十兆円もの融資を実行したことにふれて、
「日本人は、アイスランド人よりも狭い家に住み、長く働いています。そんな我々が金を貸すのです。でもアイスランド人は依然豊かな暮らしをしています。もっと倹約すべきではないですか?」
こんな真っ直ぐで素朴な質問をする人は新聞記者には少ないだろう。ぐっと詰まったハーデ首相は、「ご意見ありがとう」と答えるのみ。
本書では、アイスランドを皮切りに国土交通省を取り上げている。麻生首相のお膝元の福岡県飯塚市に出かけ、変らない土建国家の姿を伝えている。対象は環境省の「エコ利権」。農水省の補助金バラマキ、文科省、防衛省、そして得意の厚生労働省と攻撃の手を広げる。
どこに行っても涼しい目と素朴な質問をして相手をたじたじにさせているに違いない。彼女自身も素朴な質問が実はいちばん強いと知っているに違いない。
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