――警察小説から国際謀略小説、海洋冒険小説まで、幅広いジャンルで良質なエンターテインメントを手がける笹本稜平さんですが、近年はこの最新作『その峰の彼方』をはじめ、本格山岳小説の第一人者として知られるようになりました。もともと山は、お好きだったんですか。
笹本 そうですね。高校生のころから八ヶ岳や北アルプスに登っていました。日本で1番平均標高の低い千葉県に生まれたからかもしれませんが(笑)。百名山制覇、というタイプの登り方ではなく、気に入った山に何度も登るのが好きで。大学時代から30代半ばまでは、夏冬関係なく、週末は特急に乗って山に向かうことが多かったです。山近くの駅前にあるスーパーで食料を買い込み、土曜の夜は山の幕営地まで登ってテントに宿泊、翌朝から頂上を目指して登り、その日のうちに下って帰宅、といったスタイルで、基本的には単独行が多かったですね。
――本作の舞台は、北米最高峰のマッキンリーです。なぜこの山を選ばれたのですか。
笹本 純粋な山岳小説として初めて手がけた『還るべき場所』ではヒマラヤのK2、それ以前に国際謀略小説の『天空への回廊』ではエベレストを舞台にしていましたが、今回はヒマラヤから離れようと思いました。そのときに、日本人にとっても馴染みの深いマッキンリーが思い浮かびました。植村直己さんが冬季単独初登攀を果たし、帰途に遭難したことでよく知られていますが、ほかにも日本人登山家や登山隊が数多くの記録を残しています。また、標高はヒマラヤに譲りますが、麓からの比高はエベレストよりもはるかに高く、緯度の関係もあって、特に冬の寒さはマイナス70度に達するほど。物語の舞台としてとても魅力的な山でした。
――主人公・津田悟は世界最高の技術を持つクライマーですが、日本の登山界と決別をして、周りに知らせることなく、単独で厳冬のマッキンリーの難ルートに挑み、消息を絶ってしまう。ともすれば自分勝手で偏屈な人間ですよね。ところが、不思議とそうは感じませんでした。
笹本 山は、普段の生活では雑事に紛れて考えを深めることができないこと、たとえば、生きることの意味などを問い直す場でもある、と思っています。山に身を置くことは自然と向き合うことでもあり、それは自分自身と向き合うことになりますからね。今回は冬のマッキンリーという、まさに極限状態の山と向き合う人間の物語ですから、普通の人ではなく、極限まで自らの存在意義を問い続け、行動できる男を主人公に据えました。だから少し極端な部分があるとはいえ、100パーセントの変人ではない。一見してアンバランスなのに、全体は調和している。1つのシンプルでピュアな考え方が彼の行動原理にあるからこそ、その情熱が際立って輝いてくるんじゃないでしょうか。
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