- 2015.11.10
- 書評
驚天動地のどんでん返しもある! 恩田エンターテインメントの集大成
文:大森 望 (書評家)
『夜の底は柔らかな幻』 (恩田陸 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
その恩田陸が、いよいよわが故郷・高知を舞台に選んでくれたのか――と気分はいやがうえにも盛り上がり、小説と一緒に南風で帰省しつつあるような錯覚に陥ったわけですが(大歩危まで来たら、あとほんの一時間くらいで高知駅にたどり着く)、本書に出てくるのは現実の高知ではない。“侵略”が静かに忍び寄る水郷の街・箭納倉が現実の柳川と違うように――いや、その違いをはるかに上回って――もうひとつの高知が構築されている。その名も“途鎖”。まあ、四国山脈で愛媛・徳島と隔てられている土佐・高知は、たしかに四国四県の中でもいちばん閉鎖度が高い。高知出身の作家・坂東眞砂子の『死国』や『狗神』でも、高知は一種の異界として描かれているから、超能力者たちを思う存分暴れさせるのにふさわしい土地柄かもしれない。それにしても途鎖国って……。
と、ここであらためて設定を紹介すると、作中の世界(一種のパラレルワールド)には、“イロ”と呼ばれる特殊能力(一種のサイコキネシスなど、いわゆる超能力)を持つ“在色者”が(日本のみならず海外にも)多数存在し、イロを使った犯罪もあとを絶たない。とりわけ、途鎖国(地理的には、高知県とほぼ重なるらしい)に生まれ育った人間には在色者が多く、そのためか、途鎖国は日本から半ば独立した治外法権エリアとなっている。在色者の入国は厳しく禁じられ、一般人もビザがないと入国できない。密入国は重罪で、捕まった場合には死刑判決を受けることもざら。途鎖国では、密入国を取り締まる入国管理局が大きな権力を持ち、警察以上に恐れられている。
主人公は、その途鎖国で生まれ育った有元実邦(みくに)。ある事情から若くして故郷を離れた彼女が、秘密の使命を帯びて十六年ぶりに帰郷する場面で小説は幕を開ける。冒頭の舞台は、途鎖国へと向かう、明るい昼下がりの特急列車。やがて、紺の帽子に制服を着た入国管理官の女性が通路を歩いてくる……。
同じ列車に乗り合わせた(特殊な力を持つ)人々のドラマが緊密なサスペンスを醸し出す導入は、超能力SFの名作、筒井康隆『七瀬ふたたび』冒頭の夜行列車のシーンを否応なく思い出させる。しだいに張りつめてゆく空気。そして突如、激しいアクションの火蓋が切られる。
その後、おもむろに登場するのが、入国管理局に独裁者のごとく君臨する局次長、葛城晃。隻眼の彼は、実邦とも深い因縁を持つ、強力な在色者だった……。
両者が相見えるのが上巻の五十ページあたり。そこから先、ひと癖もふた癖もある個性的な人物が次々に表舞台に上がってくる。
列車で実邦と知り合う謎の男、黒塚弦。実邦の(在色者としての)恩師であり、現在は国立精神衛生センターに拘禁されている屋島風塵(やしまふうじん)。実邦の親友である医師の須藤みつき。みつきとつきあいの長いバーのマスター、軍(いくさ)勇司。実邦の護衛役として一緒に山に入る途鎖国の刑事、善法(ぜんぽう)。ヨーロッパで指名手配されているシリアルキラー、青柳淳一。そして、影の主役が、数々のテロ行為の首謀者とされる危険人物・神山倖秀。
途鎖国の山間部には、フチとよばれる無法地帯が広がり、犯罪者や暗殺者を含む多くの在色者たちが潜んでいる。その頂点に立つソクの座についたのが、この神山倖秀。本書の下敷きになったというフランシス・フォード・コッポラ監督の映画『地獄の黙示録』(および、その原作のジョゼフ・コンラッド『闇の奥』)で言えば、ジャングルの中に独立王国を築くカーツ大佐(クルツ)に相当する役どころだ。
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