──確かにあのエピソードを加筆して頂いたことで、人間関係の輪郭が鮮明になったと思いますね。そしてあのエピソードがあるために慎二の将来像がより見通せるようになりました。
風野 でも慎二とは対照的な長男・太一の将来が今から心配です。本当に東京でバンドで成功するつもりなのか……。慎二と違って地に足がついていませんから(笑)。
──確かに(笑)。作中の人間関係に話を戻しますが、岩本家と十和田家の人々は、いろいろな形で互いに助け合いますが、皆が思いをすべて相手に打ち明けるということはしていませんね。光江の正見に対する思い、そして先ほども触れましたが風希子の正見に対する思いなどはとても強いものを感じますが、相手に直接告白することはしていません。作者としてあえて告白を抑制させた理由は何だったのでしょうか。
風野 昔『小さな空』を自費出版で出していた頃、漫画化の企画が持ち上がったことがあったんです。でもそのとき「光江と潤三が別れ、光江と正見が結婚するという展開にしてはどうか」というようなことを言われまして……。
──ずいぶん作品世界が変わってしまいますね。
風野 はい。それではなんだか昼メロ的なものになってしまうので、そのお話はなかったことにしていただきました。『小さな空』で書きたかったことの根本には「他人だけど肉親以上に支え合える関係」がまずあって、それは無償のものにしたかったんです。「愛欲」からくるものではなく。
──なるほど。
風野 だから今回の作品でもドロドロの人間関係はなしで、ということは最初から決めていました。無償で助け合う他人同士の可能性を、もう少し書いてみたかった。
──だから「助け合うけれど抑制する」という形になった。
風野 そうですね。例えば光江の夫の潤三も、少し鈍そうに見えるけど、光江の正見に対する気持ちは知っていると思うんです。さらにその上で光江が自分から離れてはいかないということも分かっているはずで――そういう思いは、やはり秘めておくのがよいのではないかと。
──本作は大阪が舞台ということもあり、テンポの良い大阪弁のやり取りに独特の魅力があると思います。風野さんも大阪出身・大阪在住の方ですが、作中で大阪弁を使う際に何か意識されることはありますか。
風野 心理描写や会話が多い作品では、大阪弁を使うほうが表現しやすいというところがあります。もちろん大阪弁を使わない作品も書きますが、標準語の会話が長く続く場面では、なんだか翻訳しているような気分になってきますね。大阪弁でまず考えて、そしてそれを標準語に翻訳してゆくというような……。だから標準語の長い会話を書くことは、自分で自分の首を絞めるようなものです(笑)。
──それでも本作にある大阪弁は「これみよがし」のものではありませんね。
風野 やはり言葉は変わっていくものだと思うので、自分が大阪の人間であっても「この大阪弁は正解なのか?」ということを常に意識して書いています。同じ大阪弁でも、最近は標準語的な表現も入ってきているし、いわゆるコテコテの言葉づかいは、実は少ない。若い子がどんな大阪弁を使っているかは、ときどき電車の中で聞き耳を立ててチェックすることがあります。いつもできることではありませんが(笑)。
──最後に読者へのメッセージを。
風野 この作品は「大人向け」の作品としては二冊目ですが、中高生向けに書いた物と同様に、登場人物の誰でもいいですから、好きになってくれたり、共感してくれたら嬉しい。二つの家族のメンバーの中に、誰かそういう人を見つけてほしいですね。
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