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異端の指導者と連敗野球部

異端の指導者と連敗野球部

文:横田 増生 (ジャーナリスト)

『県立コガネムシ高校野球部』 (永田俊也 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 この野球小説が型破りなのは、指導者のキャラクターだけではない。野球小説の主人公となれば、ピッチャーか4番打者と相場が決まっているのだが、この物語の主人公に野球部のキャプテンでありながらも、試合に一回も出たことがないという裏方の少年・菊池昇平を配した点にもある。四番でエースの少年は、主人公の親友という設定である。

 この小説を読みながら、私はこの春に出版した拙著『ユニクロ帝国の光と影』を思いだしていた。

 日本が20年にわたる不況にあえぐ中、安価で良質なカジュアル衣料品を武器に、“一人勝ち”を続けてきたユニクロという企業の実像に迫ろうとした企業ノンフィクションである。

 取材をはじめたころ、アパレル業界のことをほとんど知らなかった私は、業界の細かい商慣習やユニクロの手法について聞いてまわっていた。そんな私に取材相手の一人がこう言った。
「ユニクロのことを知りたいのなら、柳井さんのことを知らないといけない。ユニクロ=柳井さんなのだから」

 私はなるほどと思った。特に柳井氏のようなオーナー兼経営者の場合、トップの個性や決断が企業経営や企業文化に色濃く反映されているはずだ。

 そう思い直し、側近の人びとの話を聞いて歩くと、長年、側で働いてきた一人が柳井氏のことをこう言った。
「(柳井さんは)最後まで、どこかつかみきれないというか、入りきれない部分をもった人でした〈中略〉心から許し合う関係にはならない人だと思いました。結局、柳井さんの心の奥が、本当は温かいのか、冷たいのかはわかりませんでした」

 私は、リーマンショック以降、日本の名だたる大企業が総崩れとなる中、ひとり気を吐くユニクロを率いる柳井氏の経営手腕を“光”として描く半面、後継者が育たないことを含めた従業員に対する同氏の冷淡にも思える姿勢を“影”として描いた。

 その柳井氏と比べると、この野球部の指導者である小金澤の素顔は、何とも魅力的に描かれている。

 夏の県大会が終わるまで、主人公のキャプテンの家に下宿する小金澤は、キャプテンの家族が作ってくれる白菜鍋や餡(あん)ころ餅を子どものような無邪気さでほおばり、ビールや焼酎を飲んで陽気に酔っ払い、菊池を「キクっち」と呼んで絡む。野球部員には厳しい言葉を投げつける一方、人懐っこく、陽性な人物であることが細かく描かれている。

 野球部員たちははじめ、小金澤の強引なやり方に強い反発を覚えていた。しかし徐々に、野球の門外漢であるはずの女性経営者が、どうすれば試合で勝つことができるのかという勘所を押さえていることに気付き、畏敬の念を抱くようになる。実際、県大会が始まって一つ一つの試合に勝つことで、それまで無縁だった野球の本当の楽しさを味わうことになる。それによって、異端の指導者に心を開いていく。

 県立コガネムシ高校野球部は県大会で勝ち進み、ついに決勝戦で小金澤が打倒の目標に据えた名門校と相まみえる。

 物語が進むにつれページをめくるペースは、加速度的に速くなる。

 それまでの伏線が最後にきっちりとおさまるのは、作者のストーリーテリングのうまさに負うところが大きい。型破りではあるけれども、高校野球小説として十分に愉(たの)しむことができる1冊である。

県立コガネムシ高校野球部
永田 俊也・著

定価:700円(税込) 発売日:2011年08月04日

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