書評

奥山景布子は琵琶法師である

文: 大矢 博子 (書評家)

『源平六花撰』 (奥山景布子 著)

 歌舞伎のドラマ性を利用したその技法はふたつめの魅力――女性たちの新しい顔――につながる。

 一読して驚いたのは、ここに登場する女性たちが、既存のイメージはそのままに、まったく異なる生き方を選択していることだ。

 平家物語とはそもそも、無常の物語である。そこに描かれた女性たちは、男たちが作り出した時代の波になす術もなく巻き込まれた存在であり、世は無常であるという大前提に粛々と従うか、あるいは嘆くかであった。

 ところが、本書の女性たちは、違う。

 源義朝の愛妾だった常盤は、平清盛に囲われた後で、公家の藤原長成に嫁すという波乱の人生を送った。歌舞伎「一条大蔵譚」での常盤は、平家への恨みを持ち続ける。しかし本書「常緑樹」では、長成との暮らしの中で、ようやく穏やかな日々を味わうのである。ここに描かれているのは、武力によって世を圧するのではなく、文治政治こそが望ましいという信念だ。小道具の配置が抜群で、本作で常盤が常葉と表記されている理由がじんわりと心を暖かくする佳作である。

 歌舞伎「俊寛」は、千鳥たちを載せた御赦免船を俊寛が孤独の中で見送る場面で終わる。本作「啼く声に」で描かれるのはその後の話だ。島育ちの海女である千鳥は、愛する男について都に上がったものの、京の習慣にまったく馴染めない。考えてみれば当たり前なのに、これまで触れられることはなかった切り口だ。自分にとっての本当の幸せとは何なのかを自分で考えて千鳥が選んだ道に、エールを送りたくなる。

「平家蟹異聞」はオール讀物新人賞を受賞した作品である。岡本綺堂作の歌舞伎「平家蟹」では、平家の官女だった玉虫が源氏の那須与五郎と情を通じた妹を激しく怒るが、本作では松虫と名を変え、自らも生活のために那須与一を接待する女性として描かれている。禍々しいまでの怨みに囚われた歌舞伎と異なり、ここには松虫の運命を受け入れる潔さと妹への愛情、そしてその芯に隠された矜持がある。結末は悲しいが、どこか清々しさが漂う不思議な悲しさだ。

「二人静」は、能に同じ演目があるが、ここは歌舞伎の「義経千本桜」が基になっている。鎌倉に捉えられ、義経の行き先を厳しく詮議され、産んだ子まで失って京に戻ってきた静御前のひとり語りだ。「義経千本桜」ではある人物が狐の化身とされているが、本作はその設定を絶妙にずらした仕掛けに驚かされる。その構成もさることながら、白眉は、静に舞を習う北条政子だろう。愛する男を持つひとりの女性として、子を持つ母として、敵味方を超えた女のつながりは現代の読者にも広く共感と感動を呼ぶに違いない。人と狐、それぞれが親子愛の象徴となっているのも読ませる。

「冥きより」の題材は「熊谷陣屋」。合戦で若き平敦盛の命を奪った熊谷直実は、夜な夜な悪夢にうなされる。それを見ている妻・相模の視点で物語は綴られる。実は歌舞伎では、敦盛を討ったと見せかけて我が子・小次郎の首を差し出すという趣向になっている。家族を犠牲にしてでも通す筋があるという話だが、本作は原典通り敦盛を討ったという設定だ。戦が生む悲劇がまっすぐ伝わってくる。

 掉尾を飾るのは「後れ子」。壇ノ浦では生き残ってしまった清盛の娘にして安徳天皇の母、建礼門院の後日譚である。歌舞伎「建礼門院」では、彼女が暮らす庵を訪ねた後白河に壇ノ浦の阿鼻叫喚や恨みをぶつけた上で悟りを開くといった構成になっているが、本作はかなり違う。これまですべて誰かの言いなりで生きてきた建礼門院は、大地震に遭ったことをきっかけに、初めて自分の足で立つことを覚えるのである。すると、これまで見えなかったものが見えてくる。後白河と会ったときの彼女の言葉は、痛快にして爽快だ。

【次ページ】

源平六花撰
奥山景布子・著

定価:590円+税 発売日:2013年11月08日

詳しい内容はこちら