2016.03.14 文春写真館

福原麟太郎の宝物は「我良き朋を思う」の掛け軸

文・写真: 「文藝春秋」写真資料部

福原麟太郎の宝物は「我良き朋を思う」の掛け軸

 チャールズ・ラム、トマス・グレイ、シェイクスピアなどの研究で実績を残した英文学者、福原麟太郎は、明治二十七年(一八九四年)、広島県に生まれる。県立福山中学卒業後、東京高等師範英語科に入学。岡倉由三郎の指導を受ける。在学中にチェスタトンの推理小説を翻訳する。

 昭和四年(一九二九年)から二年間、ロンドン大学、ケンブリッジ大学に留学する。帰国後、東京文理科大学助教授になり、昭和十四年、教授となる。戦後、昭和二十一年から昭和二十五年まで、日本英文学会会長をつとめた。また学制改革で文理大から改まった東京教育大学の文学部長を務める。昭和二十八年、吉田健一、河上徹太郎、池島信平と戦後初めてイギリスを訪問する。

 昭和三十六年、「トマス・グレイ研究抄」、昭和三十九年、「チャールズ・ラム伝」で二度にわたり、読売文学賞を受賞した。昭和四十三年、文化功労者として表彰される。

 また、「われ愚人を愛す」(昭和二十七年)「読書と或る人生」(昭和四十二年)など滋味あふれる随筆家としても評価は高い。「古典と人間の知恵」では、古典は「人間の知恵の蓄積なのだ」と説いて、こう続ける。

「シナという国は古い国で、そういう良いものをたくさん持っていて、それを貯蔵している。私のわずかしか持っていない床の間の掛け軸に、百十八歳になったシナの老人の書いてくれた文句がある。『我良キ朋ヲ思フ、渇スルガ如ク 饑(う)ユルガ如シ』(注・饑ユルは飢えるの意)というのであるが、それは何と平凡に思える文句であることぞ。そして、何と深い人間の心を刻んだ文句であることぞ。これは多分『詩経』のことばである。私はこれを床の間にかけて正月を迎えた。心なごやかである」

 写真は昭和三十七年、「週刊文春」一月二十二日号のグラビア「お宝拝見」という企画で撮影されたもの。

「文理大の英文の学生に楊芳潔という眉目秀麗な中国人がいた。

 卒業して国へ帰って何年目かにおやじをつれて来ましたといって私の家へ訪ねて来た。揚草仙という書家だということで、そのとき九十九歳であった。

 この写真のまん中の三幅はその時書いてくれたもので、あとは人に託してその後に送ってくれたのである。

 一ばん新しいのは、右の端にある『思我良朋如渇如饑』というたぶん詩経の句である。句の意味も美しく心ばえもうれしい。

 この時、楊草仙百十八歳、それから二年の後に亡くなられたそうである。もと四川省の人。六尺豊かの大きな人で、六十歳の時に智恵歯が生えたと言っていた」

 昭和五十六年没。

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