そんな「ヨーロッパの負の歴史」のなかで、本書でとくにフィーチャーされているのが「北アイルランド問題」です。主人公タイラーは、かつて兵士として北アイルランドで活動していました。先進国を巻き込むテロというと近年では9.11にはじまるイスラム原理主義との非対称戦争ばかりが語られるため、日本の読者には理解しにくいトピックですが、イギリスにとって、「北アイルランド問題」はきわめて身近なテロリズムの発生源でした。
日本で「イギリス」と呼ばれる国家は、正式名称を「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」といいます。イギリス国王(現在は女王)を国家元首としていただく四つの「国(カントリー)」から成っています。イングランド、スコットランド、ウェールズ(ここまでが大グレートブリテン島)と、北アイルランド(アイルランド島)の四つです。アイルランド島の北東の一部だけが「北アイルランド」として「イギリス」の一部となっています。アイルランド島の残りは、「アイルランド共和国」という別の共和国です。
アイルランド島がイギリスに併合されたのは十九世紀のこと。以来アイルランドでは、イギリスとの連合を支持する勢力と、分離独立を主張する勢力とが対立していましたが、独立運動が勢力を増してゆくのを受けて、一九二〇年、アイルランドを南北に分割し、それぞれに自治権を認める法律が、英国議会で可決されます。そして北アイルランド政府は、イギリス連合王国への再編入を申し出ました。
この北アイルランドは、「プロテスタントによるプロテスタント国家」を自任していました。もともとアイルランド北部にはプロテスタント系住民が多く、南部にはカトリック系が多かったことも南北対立の背景にはあったのです。そして北アイルランドでは、プロテスタントによるカトリック系住民の差別が横行していました。そんな中で、政府への反撃としてテロを行なうようになったのが、かつてアイルランド独立戦争を戦っていた「アイルランド共和国軍」、略して「IRA」です(じっさいにはさまざまな分派があります)。
カトリック系のIRAに対抗し、一九六六年にプロテスタント系の非合法民兵組織「アルスター義勇軍」が起(た)ち上げられます。こうして北アイルランドは、両陣営のテロが横行する「宗教戦争」の舞台になってゆきます。抗争は過激さを増し、ついにイギリスは軍隊を派遣。三つ巴の対立のなか、テロによって数千の人命が奪われることになりました。
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