書評

『ハイスピード』解説

文: 文春文庫編集部

『ハイスピード!』 (サイモン・カーニック 著/佐藤耕士 訳)

 金曜日の朝。不快な眠りから目を覚ましたタイラーは、自分が血染めのベッドで眠っていたことを知る。隣に横たわるのは女性の首なし死体――恋人リアの死体だった。衝撃のさめやらぬなか、タイラーは部屋にDVDプレイヤーが据えられていること、そこに「再生ボタンを押せ」と書かれた紙片があるのに気づく。DVDに録画されていたのはカメラに背を向けた男がリアを殺害する場面だった。死の直前、リアは殺人者を「タイラー」と呼んだ。

 自分が殺したはずがない。しかしこれを見た者は自分が犯人だと思うだろう。おれははめられたのだ。そしてこの罠をしかけた何者かは、タイラーに、底知れぬ謀略の片棒を担がせようとしていることが判明する。黒幕の命令にしたがってロンドンを走り回りながら、タイラーは元兵士としてのスキルを駆使して、苦境を脱して敵に反撃する方法を探ってゆくが……。

 本書『ハイスピード!』は、こうして幕を開けます。冒頭一行目で全力疾走を開始、逃走と反撃の二日間をスピードを落とさずに駆け抜けてゆく。いわば娯楽サスペンスの豪速球、手に汗にぎる三時間の読書体験をお約束しましょう。


 本書はイギリスのサスペンス作家サイモン・カーニックの第六長編Severed (2007)の全訳です。カーニックは『殺す警官』(新潮文庫)で二〇〇二年にデビュー、現在まで十三作の長編を発表しています。デビュー作以来、シニカルな文体で疾走感あふれるクライム・サスペンスを描いてきたカーニックは、第五長編『ノンストップ!』(文春文庫)で一挙にブレイク。この作品でカーニックは、文体や物語から装飾をすべて取り払って、冒頭から結末まで一気に突っ走るサスペンスを生み出しました。

『ノンストップ!』の主人公トムは平凡な家庭人。休日出勤している妻のかわりに二人の子供の世話をしていた彼の平和な週末を破壊したのは、友人からの一本の電話でした。何者かに追われているらしい友人は、ほどなくして追手に捕えられ、殺害されてしまいます。そしてトムは、電話の向こうで友人が、死の直前に自分の住所を告げているのを聞いてしまうのでした。

 そこから、理由もわからぬままに殺人者たちに命を狙われる主人公の逃亡劇が開始されます。次から次へと謎が繰り出され、事態が混迷の度合いを深めてゆく展開は、過去にありそうでなかった猛スピードのサスペンスを味わわせてくれました。日本でも好評を得た『ノンストップ!』は本国イギリスでは四十万部を売り上げるベストセラーに。この成功を受けて書かれたのが、この『ハイスピード!』でした。

【次ページ】

ハイスピード!
サイモン・カーニック・著 佐藤耕士・訳

定価:750円+税 発売日:2014年05月09日

詳しい内容はこちら