本書の執筆にあたっては『文藝春秋』の島田編集長との約束を守れなかった。「(取材対象を)あまり好きにならないでください。美談になるから」
編集長はそう忠告してくれたのだが、取材を進めれば進めるほど、三船敏郎という破格のスターに魅せられた。
本書のもとになる原稿は、三船の17回忌にあたる2013年の『文藝春秋』11月号に掲載された。三船は黒澤明監督作品をはじめ出演作では高い評価を受け、国際的な映画祭での受賞も数多い。まさに“世界のミフネ”なのだが、国内では過去の大スターではあるものの、忘れられつつあるのが現状だ。彼の功績にもう一度光を当てたい。その思いで取材は始まった。
当初は、“世界のミフネ”の周辺取材をしていけば、人物像が浮かび上がってくるだろう、と安易に考えていた。だが、リストアップした関係者のほとんどが黄泉の人となっていた。三船敏郎は、生存していれば今年で94歳になる。黒澤明を含めて、親交のあった監督や俳優たちが亡くなっているのは、当然ともいえる。
また、三船について証言してくれた人には、三船プロダクションの元社員が多くいるが、彼らが語る三船は、黒澤作品に観られるような豪快かつ大胆で、無頼の人物ではなかった。
むしろ、三船は、繊細な神経を持つ気配りの人であり、礼儀正しく、清潔好きだった。相手の肩書きによって態度を変えたりすることもなかった。
女優の香川京子や司葉子は、女性スタッフが重い荷物を持っていると、三船が代わって運んであげた姿を、なんども目撃している。付き人はつけず、どこの現場にも1人で現れる三船にスター気取りはなかった。
なにより驚いたのは、取材中に三船の悪口を言う人が、1人もいなかったことだ。彼らは今でも三船のことが好きで、敬愛の気持ちを語った。
実像の三船は、マスコミの資料に残っているイメージとは、別人のようにかけ離れていたのである。
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