書評

解説――血をまき散らせ!

文: 馳 星周 (作家)

『ホワイト・ジャズ』 (ジェイムズ・エルロイ 著/佐々田雅子 訳)

 擦り切れたカヴァー――白い背景は黒ずみ、黄ばんでいる。背表紙は歪んでいる。いたるところに折れ、ねじ曲がった附箋(ふせん)が貼られている。

 歴史の表面には決してあらわれない、暗黒のLAの歴史。悪人たちが跋扈(ばっこ)する。空気は腐臭を放っている。アスファルトには絶えず血が流れている。悪人たちは咆哮する。秩序などくそくらえ、モラルなどくそくらえ。そもそものはじめから、アメリカが清らかだったことなどない。人間が善良だったこともない。この世は歪んでいる。貪欲さといびつな性欲と悪意で成り立っている――と。

ブラック・ダリア』で幕を開けたその暗黒の歴史書を、わたしは常にある種の陶酔とともに読みふけってきた。『ビッグ・ノーウェア』、『LAコンフィデンシャル』、そして――『ホワイト・ジャズ』。

 翻訳が刊行されると同時に読んだ/興奮した/ 眩暈(めまい)を覚えた。貪るように読み終え、余韻が続く中、再び一ページ目から読みはじめた。たった二年ほどの間に、少なくとも五度は読み返した。おかげで本は擦り切れた。三十数年の人生の大半を本を――小説を読むことで費やしてきた。それでも、こんな経験は初めてだった。

『ホワイト・ジャズ』――わたしのバイブル。

 読むたびに心が震える。読むたびに眩暈を覚える。それまでのエルロイ作品を読んでも、わたしの心は震える。だが、『ホワイト・ジャズ』は他を圧している。

「悪い白人」たちが奏でる狂乱のジャズ。そのヴォリュームは強大で、計算されたコードの乱れは聞くもの=読むものを酩酊させる。

 そう。まわって、落ちていく。懇願する――だれか、おれを救ってくれ。内なる暗黒を垣間見たものに与えられる狂おしい情念。わたしの魂は揺さぶられる。激しく/残酷に/切なげに。

 エルロイが与えてくれる。エルロイだけがそれを与えてくれる。

 六度目か七度目の『ホワイト・ジャズ』。相変わらず、興奮し、怯え、戦(おのの)く――嫉妬する。

 エルロイのように書きたい――エルロイになりたいわけではない。ただ、エルロイのように書きたい。わたしの中の、獰猛ななにかがそう叫ぶ。

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ホワイト・ジャズ
ジェイムズ・エルロイ・著 佐々田雅子・訳

定価:1,170円+税 発売日:2014年06月10日

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