『ナショナル ジオグラフィック日本版』のサイトをリニューアルするにあたり、ウェブマガジンを創刊する話が持ちあがったのは3年前だった。
目的のひとつは雑誌の読者を増やすことである。「日本版」とあるように、『National Geographic』はそもそも米国の月刊誌である。メインの特集は基本的に米国版の翻訳で、日本の読者を念頭に書かれたものではないため、どうしても「遠い話」になりがちだ。日本人著者によるコラムなどを載せる工夫はしているものの、雑誌の紙幅には限りがある。まずはウェブの読者になってもらい、本誌への橋渡しをしたいという意図があった。
湯川豊さんにお目にかかったのはその筆者を探している最中だった。
場所は某作家の受賞パーティである。湯川豊といえば、かつては『文學界』の編集長を務め、著作もある。文藝春秋を退社後、2010年には『須賀敦子を読む』で読売文学賞を受賞。文学に少しでも関心のある者、特に編集者なら必読の著者である。
おまけに、湯川さんは釣り人でもある。私事で恐縮だが、実はぼくも相当な釣り好きで、湯川さん著の『イワナの夏』は釣り文学ではナンバーワンの作品だと思っているし、同じ釣り雑誌に寄稿したこともあった。要するにぼくは湯川さんのいちファンなのだ。
だから、千載一遇のチャンスとばかりに名刺を差し出して挨拶し、「ぜひ書いてください」とその場でお願いした。ずいぶん厚かましいやり方だったけれど、『ナショナル ジオグラフィック』であることが幸いしたのだろう。願ってもない言葉が返ってきた。
「実は植村直己についてまとまったものを書きたいと思っていました」
『ナショナル ジオグラフィック』は100年以上にわたり冒険家、探検家を支援し、記事にしてきた伝統がある。植村直己もその1人で、北極点単独行の特集を掲載した号では彼が表紙だった。
一方、湯川さんは植村直己が世に出る前からの相談相手であり、よき理解者の1人だった。湯川さんが書くなら、きっと面白い連載になる。「植村直己」という名前が湯川さんの口から発せられた瞬間、直観的にそう思った。
もちろん、植村直己には自著があり、伝記や評論も多い。ありすぎると言ってもいいぐらいだ。その点が引っ掛からなかったといえば嘘になる。
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