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『愛ある追跡』解説

『愛ある追跡』解説

文:井家上 隆幸 (文芸評論家)

『愛ある追跡』 (藤田宜永 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 力道山、ザ・デストロイヤー、豊登、渋谷道玄坂のリキ・パレス、ゲバ棒、デモ、ゴーゴー喫茶、あさま山荘事件、監獄ロック、ハイライト、ローハイド、ララミー牧場、ガンスモーク、アニーよ銃をとれ、琴姫七変化、嵯峨三智子、缶ピー……、会話のはしばしに、ぴたりとはりつく警視庁捜査一課の刑事茅島(五十九歳)、「男の総決算」の元公立高校の教師・永田和重(六十歳)、「愚行の旅」の六〇年代“和製プレスリー”宮入永一(六十六歳)、「じゃじゃ馬」の元本吉総合病院長芝草達也(五十九歳)、「再出発」の猪野金蔵(七十四歳)と、今流にいうならば“昭和へのノスタルジー”に寄り道する。

 伊勢市で開業予定の稲川から、近鉄伊勢市駅の近くで瑶子を見たという電話を受け、伊勢市に向うが、瑶子を匿った宮入永一の愛犬が自動車にはねられて股関節脱臼したのを助け(「愚行の旅」)、匿名の手紙で教えられて行った石川県白山市では馬の便秘をなおし(「じゃじゃ馬」)、なんと永田から瑶子を見たと聞いた群馬県安中の温泉場では、元やくざの猪野金蔵の孫陽介のために骨折したシジュウカラを治療してやり(「再出発」)、しかもその間には執拗に尾行する茅島刑事に拾った子犬のアルフの育て方を教えてもやる、これも寄り道。

 瑶子はなぜそのように身を隠さなければならないのか、「お父さんにはいろいろ話したいことがある」といった“話”の内容は? 瑶子が無実だとしたら、誰がなぜ光野を殺したのか。被害者の周辺を自分なりに洗いなおしてみるという緊張感も、この寄り道でぐしゃぐしゃになり、当方もなにやら肩透かしをくいっぱなしといった気分になる。にもかかわらず、藤田宜永はいっかなその“謎”に迫ろうとしない……かのように思える。

 しかし、である。その“寄り道”は八〇年代の冒険・ミステリーが姿を没してからの二十年間に忘れ、あるいは二十代の若い世代が“無関係”とする「歴史」に読者の目を向けさせようとする、藤田宜永の企みなのである。獣医を主人公にしたのは、素人が人一人を追って方々を旅するだけの時間的金銭的余裕を持っていることと、もう一つ、「このところのペットブームは何か異様だ、飼い主は人間同士で埋められない何かを動物に求めているのではないか。孤児院で育った人間の孤独を、普通の人たちが抱いているように思えてならない」という、自身が無類の猫好きである藤田宜永の“社会批評”によるものだろう。この“批評”は、わたしにいわせれば、東日本大震災以後、声高に語られている「絆」(いや、「おもてなし」だの「いつやるか、今でしょう」にとってかわられたが)という言葉にも向けられている。

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文春文庫
愛ある追跡
藤田宜永

定価:682円(税込)発売日:2014年01月04日

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