一九九四年だからざっと二十年になるか、大長編冒険小説『鋼鉄の騎士』を上梓した直後、「船戸与一は社会科学系、オレは文学系」といった藤田宜永は、翌年発表した『巴里からの遺言』(パートナーの小池真理子の『恋』とともに直木賞候補にあがり、「同時受賞か」と話題をよんだが、小池真理子のみ受賞)にはじまり、恋愛小説に主軸を移し、『樹下の想い』、『求愛』(島清恋愛文学賞受賞)、そして〇一年『愛の領分』で直木賞を受賞、押しも押されもせぬ恋愛小説作家となった――。というように、冒険・ミステリー小説から恋愛小説へと転進した藤田宜永が、唯一ミステリーとして書きつづけているのが「探偵・竹花シリーズ」である。本書『愛ある追跡』(単行本・文藝春秋・二〇一一)は、このシリーズにつながる“人捜し”小説である。
――そうだ、ここでつけくわえておこうか。主人公が花材職人だった『樹下の想い』以後、藤田宜永は好んで古風な、あるいは職人的世界に身をおく男を物語の中心にすえているが、その年齢も、一九五〇年生まれの自分とほぼ同じであることを。そして彼らはしばしば青春時代、六〇~七〇年代を回想することを。
「男の総決算」「愚行の旅」「じゃじゃ馬」「再出発」と藤田宜永の、連作中編四作を収録した『愛ある追跡』にも、これらの要素がきっちりとある。
恋人の勤務医・光野公彦殺害容疑で全国指名手配され、「私、殺ってないよ」「お父さんにはいろいろ話したいことがあるけど、今は姿を消す」といって消息を絶った二十三歳の娘・瑶子の話を、警察より先に聞いてやらなければと、瑶子を追う父・岩佐一郎は五十九歳、獣医。
孤児院育ち。施設の近くにいた野良猫たちに心癒され、将来は動物の医者になろうと決めた岩佐一郎は、獣医科を出て妻・喜代子の父親の病院を継ぎ、横浜の住宅街で仕事を始めて二十五年。「獣医師」は“天職”と、およそ波乱万丈というにはほど遠い平凡な、しかし本人にしてみれば堅実な家庭をつくってきた。それだけに、である。
可愛がっていた犬が死んだことなどあって、瑶子は中学生のころからグレて渋谷界隈を漂流し、それを苦にして鬱状態が続いていた母の喜代子は、娘が追われていることを知って精神的ダメージを受け入院。「瑶子に似た女が、新宿のキャバクラでいっしょに働いていた真奈美という女といるのを中野坂上で見た」という娘のかつての友人からの電話に、岩佐は、風俗情報誌で彩奈と名乗りデリヘル嬢となっている真奈美を見つけ、デリヘル嬢を送迎する運転手となったが、そこに彩奈(本名は多佳子)の父・永田和重がからみ、多佳子が飼っていた老猫ミミーが甲状腺機能亢進症であわやのところを救い、多佳子も家に帰って……という展開の「男の総決算」にはじまる岩佐の“追跡行”は、しかし直線的ではない。
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