2012.01.16 インタビューほか

震災で考えた「死ぬこと」と「時間」について

「本の話」編集部

『幻影の星』 (白石一文 著)

震災で考えた「死ぬこと」と「時間」について

――東京で酒造メーカーに勤める熊沢武夫は、2011年6月4日の朝、郷里・諫早に住む母親からの電話で起こされます。母親は武夫の名入りのレインコートが地元のバス停に置き忘れられていたことを知らせますが、同じ名入りのレインコートは新品のまま武夫の部屋のクロゼットにもしまわれている。そして諫早から送られてきたコートのポケットには発売される前のm&mチョコレートと、撮影不可能な画像データが記録されたSDカードが入っていた……白石さんの新刊『幻影の星』は不思議な出来事から物語が始まっていますね。

白石 本当はこれとは違う物語を書くことを予定していました。去年(2011年)の年明けからその準備は始めて、編集者に資料も集めてもらって、ロケハンもしていたんです。主人公の年齢や職業、住んでいる場所を決めて、実際にその生活圏に行って、半日くらい写真を撮りながら歩き回りました。主人公はオートロックがあるマンションに住めるかどうかぎりぎりのところかな、なんてことを考えながら。

 当初の小説のテーマとして考えていたのは「自然」です。今まで自然には何の興味もなかったのですが、年を取ったせいか近年は緑のありがたさを感じることがよくあって、自分と自然との親和性が以前より高まっている気がしていました。そこから「自然との親和性に思いを馳せる」主人公のキャラクターを決めていったのですが、まさにこれから書こうというタイミングで、あの地震(東日本大震災)が起きてしまった。書く予定だったものはすべて止めました。当時のテレビには「自然の猛威」が襲いかかっているところがしきりに映されていて、「自然との親和性」どころじゃなかった。これは実際に(被災地に)行ってみなければまったくお話にならないと思って、現地に行く算段を急いで始めました。

――「行ってみなければまったくお話にならない」と感じたことについて、もっとうかがえますでしょうか。

白石 僕は自分が書いた小説を人に読んでもらうということはもちろん大事なことだと思っていますが、小説の形で「その時自分が何を感じたか」を記しておくことも同じくらい大事なことだと思っています。だからあの時の「書くこと」から「現地へ行ってみる(=そこで感じたことをあらためて書く)」ことへのモードの切り替えはごく自然のことでした。批判するつもりはまったくありませんが、テレビなどの震災の映像を観て、現地には行かずに「自分は物書きとしてこんなとき小説なんて書いていていいのか」みたいなことを言う人が少なからずいて、ずいぶんナイーブだと思いましたね。戦争が起きようが、どんな大事件が起きようが、物書きだったらとにかくそこに行って、実際に見てみることが大事だと思います。

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幻影の星
白石一文・著

定価:1418円(税込) 発売日:2012年01月14日

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