――最近、恋愛小説に初挑戦されたとか。
伊坂 ぼくとしてはかなり気合いを入れて書いたんですけれど、いろいろ複雑な思いもありましたね。ぼく自身が恋愛モノに興味が湧かないんですよ。たぶん、性格とか趣味の問題なんでしょうけれど。もちろん、自分の恋愛は大事なんでしょうが、小説を読む時には、あまりその部分に関心がなくて。しかもぼくの作風って、軟弱なんですよね(笑)。なのでいつもは、できる限り、テーマを硬質にしているつもりなんですが、恋愛、というのはぼくからすると、軟弱なテーマでして(笑)、だから、軟弱に軟弱を足すとやばいな、と憂鬱になっちゃいました。で、今度書いたのは、ホッキョクグマが関係している話なんですけど、これは最初に決めたんですよ。ホッキョクグマって可愛い印象がありますけど、やっぱり地上最強の肉食獣ですから、アザラシとか食うと血だらけになってるじゃないですか。それは軟弱さと対極にあるんじゃないかと思って、もうホッキョクグマにどうにかしてもらうしかない、と。どうにもなりませんでしたが(笑)。あとは、恋愛モノには、当事者だけが深刻に悩んでいるような、盛り上がっているような思い込みがあって、なんとか温度を下げようとしてみたところはあります。設定を探して。
――「温度を下げる」というのは、どの作品でも意識しているのですか。
伊坂 ああ、言われてみれば、温度は下げたいですねえ。そういう意味では、『死神の精度』は、死神がいるだけで全部温度が下がっていくので、非常に書いていて楽しかったですね。ただ、温度を下げると言っても、白けるとか、引いてるのは好きじゃないんです。真面目なことを見下したりするのには、すごく反発があって、だから、温度を下げる、というのはユーモアであったり、肩透かしであったり、そういう部分のイメージかもしれないですね。ばかばかしく伝えることを心がける、みたいなのは、ありますよね。
――温度ということでいくと、「旅路を死神」で死神が、ある別作品の登場人物と会いますが、そうすると、死神より彼のほうが、さらに温度が低いですね。
伊坂 死神のほうが何かユーモアがあるんですよね。意図したかどうかわかんないんですけど。ただ、あの登場人物ってぼくの思い入れがすごく強い登場人物なんで、書くときちょっと悩んだところがありました。最初はもっと、死神のほうが脅威を感じるっていうふうに書いていたんです。でも、死神が負けちゃうのは寂しいなあと思って、けっこう同じぐらいの力関係にした、みたいなところがあります。
――収録二番目の作品「死神と藤田」が大変気に入っておられるとのことですが。
伊坂 自分の小説のことを、好きとか言っても仕方がないのですが、ほんとに好きなんです(笑)。たぶん、今まで書いた作品、長編も含めて、その中で好きなものを挙げろと言われたら、何かと同率トップ、という感じになりそうな話です。詳しく言うとネタを割ってしまうので割愛しますが、結局、ハッピーエンドじゃないんだけど、喜怒哀楽に分類できない幸福感を読者に届けられるラストじゃないか、と確信したところがあって、それで、達成感があるんです。あとは、一生懸命信じて、祈ってる人、とかが好きなので。
――ほかに創作の上で気を使っていることというと?
伊坂 最近、会話文がすごいイヤになっちゃっているんです。なんか怠慢な気がしてしまって。会話で書いていくと楽じゃないか、脚本でもないのに、会話がこんなに並ぶって手抜きじゃないか、と悩んで。どうでもいい会話で三行くらい使っちゃうともう苦痛なんですよね。だから、せめて形式だけでも凝らないと小説としては意味がないだろう、と思って、ところどころフォーマットを揃えたりしています。こういう手法は佐藤哲也さんがよくなさるんですよね。複数の人物が対になるようにまったく同じ字数で喋ったり、同じ字数の地の文でつないだり。ぼくは悩んで、そういうやり方をしたんですが、佐藤哲也さんは最初からそういう感覚でやられてますからね。さすがだなあ、と思います。「旅路を死神」でも使ってみましたが、今書いている書下ろしではかなり揃ってます(笑)。
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