昨年、3月11日に東日本大震災を経験してから1年の時が流れた。それぞれの人が特別な思いで今年の3月11日を迎えたに違いない。昨年の3月11日、私はお茶の水の順天堂大学のオフィスで本を執筆中に大地震に遭遇した。私のオフィスはビルの2階だったが、それでも大きく揺れてDVDの棚とブックスタンドが飛び跳ねるようにして倒れてしまった。オフィスの中で散乱した雑誌や書棚を元に戻してすぐに本郷通りの小さな窓から道路を見ると、本郷通りはすでに人であふれていた。余震が続いていたので通りに多くの人が避難し建物に戻らずに余震の行方を見守っていたのだ。その日、私は多くの帰宅難民と同様に帰宅の足を失い、夜遅くまでオフィスに留まり日本に起きた歴史的な大惨事をテレビ画面で目撃することとなった。画面に展開する悲惨な映像を見ながら、海岸線の多くの町がこれまで築き上げてきた文化や遺産とともに瞬く間に破壊されて、この世の中から消えてしまうことが現実になった歴史の転機を目の当たりにした。次の日、福島の原発の事故が発生して、日本は容赦なく大震災とその余波に巻き込まれていくことになった。私も数日はテレビに釘づけになって、福島の原発事故の行方を固唾をのんで見守った。これまでは順天堂大学のオフィスで予防医学を確立する仕事に専念して来たが、余震が続く中で自分の役割は何かという問いかけを何度も頭の中で反復した。これまでに歩んで来た豊かな時代の「アンチエイジング路線」も大きく方向転換しなければならないことを直感した。
私が多くの教訓を学んできた百寿者は1900年から1910年生まれの「歴史の生き証人」だった。20歳代で関東大震災を乗り切り、40歳前後で終戦を迎え、50歳を過ぎてからの後半の人生の中で、戦後の混乱期、高度成長期、バブル経済とバブルの崩壊と、歴史の転換期を経験してきた人生の大先輩なのだ。若い頃に関東大震災を経験して、「もう二度とこの様なつらい思いは経験したくない」と思っていて、100歳になって再び大災害を経験することになった。皮肉にも長生きした結果、もう一度経験することになった昨年の大震災を百寿者はどのように受け止めたのか? このような疑問が私の脳裏をかすめた。今年20歳になった若者がこの後百歳まで生き、今世紀末に再び大震災に遭遇したら、今日の百寿者の様に気丈に試練を乗り切れるのだろうか? いずれにせよ、21世紀を生き延びなければならない我々の世代の心の底に、今回の大震災は関東大震災のように生き続けることになるだろう。確かに言えることは、今回の震災経験をネガティブな遺産としてではなくポジティブな遺産と位置づけて生きることができる人が、前向きにいつまでも若々しく人生を生き抜く人ということだろう。
今回、本に登場していただいた80代から90代の大先輩は、これまで私が研究対象にしてきた百寿者の前駆者であると確信している。どのような80歳が果たして元気な100歳になるのだろうか? そして、どのように40代、50代を過ごした人が元気な80歳、100歳を迎えるのだろうか? これが今回の本のテーマである。中曽根康弘さんは今年94歳、今でも日本の政治の指南役として立派に役割を果たしている。日野原重明先生(聖路加国際病院理事長・100歳)がそうであったように、90代にして社会的な役割を立派に果たしている典型例だ。これまでの私の百寿研究の中では、プロスキーヤーの三浦敬三さんや日本舞踊師範の板橋光さんのように、どちらかというと体育会系の百寿者を沢山研究してきた。今回は中曽根さんや瀬戸内寂聴さんなど、どちらかというと文系の優秀高齢者を取り上げている。長寿の会社経営者である金川千尋さん、女優の森光子さん、漫画家のやなせたかしさん、アナウンサーの道を歩んできた山川静夫さん、宝塚出身の女優有馬稲子さん、「かしまし娘」の正司歌江さん、そしてプロスキーヤーの三浦雄一郎さんと各方面の百寿前駆者を取り上げている。百寿者の特徴である、「食事」と「運動」と「生きがい」が80歳の前駆者でも認められるのか? インタビューの中から明らかとなった「中曽根流」長寿法、「瀬戸内寂聴流」長寿法など、これまで百寿研究の中では抽出できなかった80代、90代の長寿法を紹介している。中曽根さんも瀬戸内さんも、日本が直面した試練に対して力強く国民に呼びかけ、前進しようとしている姿が今回の取材でとても印象的だった。これまでの長寿のモデルがストレスに対して耐性を示したように、今回のインタビューに登場した百寿前駆者は東日本大震災という大きなストレスに対しても力強く前進しようとしているのだ。
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