くびられたばかりの食用家禽が練緒(ねりお)の入門のささげものであった宵,いくえにもつつまれていちばん外は優しい若むらさきのぼかし染めで被われながら,手わたされるや屍の重みと識って,数百びょうまえにそれと識ったろう月白(つきしろ)の中を縮めた脚や硬い瞑目が通っていったのを読みかける私へ,月白(つきしろ)はやはり縮めた脚や硬い瞑目が私の中を通っていくのを読んでいるかすかな弱りの翳るくちょうで,もう一どそれを練緒(ねりお)の親の店へ持ちもどり,食べものらしくほどいてもらってくるように言いつけた.その解体が私の手にも月白(つきしろ)の家人の手にもおえまいことは念をおしてみるまでもなく,そして四千にちのちならばともかくその宵の幼い練緒(ねりお)がやいばをふるうこともありえないからは,言われるまま屍の重みをだいて立った.
すこしまえ練緒(ねりお)がそれをはこんできた.その時分は店の手がはなせないのだろうし,親たちのあいさつはべつの日にすんでいたようで,練緒(ねりお)は一人で,おぼつかなそうに入ってきて月白(つきしろ)を見つめた.
にぎわしく獣や鳥の屍が切り売りされている店に練緒(ねりお)の親をさがすと,はじめからそうしたほうがともおもったけれどいちおうはまるごととかんがえて練緒(ねりお)に口上をおしえたのだが,人見知りするたちで言わなかったのだろうとわび,月白(つきしろ)のところへはあとで店の者にとどけさせる,これは私にと,はだらのあるかれんな卵の並んだ小箱をくれた.卵は沈黙にまみれて不安に軽く,ついえやすい殻をけんめいに整えていた.
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『男女最終戦争』石田衣良・著
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