- 2012.05.22
- 書評
雑誌掲載と同時にラジオドラマ化。
異例のコラボレーション実現の内幕
文:三条 毅史 (TBSラジオ&コミュニケーションズ 制作センター制作部次長)
『それもまたちいさな光』 (角田光代 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
「それもまたちいさな光」は、TBSラジオ開局60周年記念番組として昨年12月23日と24日の2夜連続で放送されました。
そもそも角田光代さんにラジオドラマの原作を依頼したのは2007年に遡ります。「大沢悠里のゆうゆうワイド」という番組にご出演いただいたのをきっかけに、角田さんの大ファンだった女性ディレクターが、駄目でもともとのつもりでお願いしたのです。
その後彼女は、角田さんが書き下ろした原作を元にしたラジオドラマの企画書を事あるごとに書いてきたのですが、ほんとうに実現できるのか私は半信半疑でした。
今をときめく人気作家がラジオドラマ用に作品を書き下ろすなどという話は、TBSラジオのみならずラジオ業界全体を見渡しても聞いたことがなかったからです。女性ディレクターには「せめて角田さんと連絡は取り続けるように」と指示し、しばらく企画はそのままになっていました。
その後、旧知のスポーツライター生島淳さんに「オール讀物」の編集長を紹介していただいた際に、角田さんとのドラマ企画があったことを思い出してお伝えしたところから、話が一気に動き始めました。ちょうどTBSラジオの開局60周年にあたる2011年に、「オール讀物」に原作を掲載するのと同時にラジオドラマ化して放送するという、かつて例のないコラボレーション企画が立ち上がったのです。2011年の秋口に私たちラジオのスタッフも初稿をいただき、脚本化、キャスティング、収録、編集と年末の放送に向けて怒濤のような制作期間を経て、ラジオドラマ「それもまたちいさな光」は開局60周年を記念する目玉企画として世に出ることとなりました。
角田さんに執筆を打診してから4年経ってドラマ化が実現したわけですが、その間に件の女性ディレクターは結婚・妊娠・出産と自身も人生の大きな転機を迎えることとなり、産休中の彼女に代わって私がドラマのプロデューサーを引き継ぎました。角田さんの紡いだストーリーと彼女の実人生が偶然にもシンクロして、それも感慨深いものがありましたね。
内容については角田さんにお任せしていました。ラジオにまつわるお話を書いてくださいという漠然としたお願いはしていたものの、原稿をいただくまでどんなお話かわからない状態でしたので、最初に読んだとき、ラジオがストーリーの軸になる素晴らしい物語になっていてびっくりするとともにとてもうれしく思いました。後でうかがったところ、角田さんはあまりラジオをお聴きになる習慣がなかったそうで、改めて作家の想像力とはすごいものだと脱帽しました。
「それもまたちいさな光」ではラジオを聴いている人や番組を作る人の気持ちがとても細やかに描かれています。同じ番組を聴いている人同士が急に盛り上がったり、話す言葉が思いつかない空間をラジオの音声に埋めてもらった経験は、ラジオを聴く人なら誰でも持っているはずです。そしてラジオ番組を作る私たちは、メールやハガキを寄せてくれるリスナーの生活が急にリアルに感じられて、胸を打たれることがたまにあります。この物語に出てくるパーソナリティの竜胆(りんどう)美帆子と同じです。
最近のラジオドラマについてもお話ししておきます。ラジオドラマはかつて、ラジオの代表的なコンテンツのひとつでしたが、1990年代後半からどんどん数が減っていき、レギュラー番組も次々になくなっていきました。ラジオドラマは生放送のワイド番組に比べて人手もお金もかかるので、放送局の経営状態を考えると抗えない流れなのかなと思っていましたが、最近になって再びスポンサー筋から「オリジナルドラマや朗読番組を作れないか」というオファーが届くようになりました。これはどうやら、中高生の頃にラジオドラマを聴いて育った人たちが、もう一度ラジオドラマを聴きたい、自分たちもラジオドラマの制作に関わりたいと思い始めたようなんです。
今はインターネットラジオなどで多くの人が気軽にラジオ番組を作れるようになってきましたが、ラジオドラマは特別なスキルが必要な分野なので、かつてドラマを制作していた先輩たちからの伝承は不可欠です。そういう意味では今回のように、開局記念の大型企画としてじっくりラジオドラマに取り組むことができたのは、TBSラジオにとっても非常に有意義なことだったと思います。
あとは1回放送しておしまいにするのではなく、いずれオンデマンド配信のようなかたちで何度も楽しんでいただける方法を模索しているところです。それが実現してこのプロジェクトは完成すると思っています。