文春写真館

黒メガネで高座に上がった橘家円蔵は、身体で芸を披露した

文・写真: 「文藝春秋」写真資料部

黒メガネで高座に上がった橘家円蔵は、身体で芸を披露した

 ハチャメチャで明るい芸風が人気を呼んだ落語家、橘家円蔵(八代目)は、昭和九年(一九三四年)東京生まれ。父親が紙芝居屋だったため、子供の頃から手伝いをしていた。早くから芸人になることを目指し、月の家円鏡(四代目)に入門。その後、桂文楽(八代目)の内弟子となり、お手伝いをしていた節子(のちの夫人)と知り合う。

 昭和四十年、五代目月の家円鏡を襲名。

 兄弟子の林家三平(初代)が「好きです、ヨシコさん」と連呼して売れたのに対して、「ウチのセツコが言うんですよ」のフレーズが、人気を博した。

 頭の回転が速く、スピーディな語り口が若い世代に受け入れられる。「午後2時の男」「談志・円鏡 歌謡合戦」「ハッピーカムカム」などラジオに多数出演して人気が出た。ラジオの台本を書いていたのが、後に直木賞を受賞する半村良。テレビでも「やじうま寄席」「お笑い頭の体操」などスピード感あふれるギャグで人気となり、「エバラ焼肉のたれ」や「メガネクリンビュー」といったCMがヒットした。

 立川談志(七代目)、古今亭志ん朝(三代目)、三遊亭円楽(五代目)と並んで「落語四天王」と呼ばれて人気を博した。昭和五十七年、橘家円蔵を襲名したときには、「志ん朝、談志よりも面白いのはオレだよ」と売り込んだ。

「メガネをかけてはじめて高座にのぼった男。メガネは面明(つらあか)り(高座の前照灯)でレンズが光り、眼の芸が死ぬと嫌われた。

『ナニ、あたしゃ身体で芸をしてるから』

 うまい芸、達者な芸とはひと味違う面白落語が身上。いつ爆発的なギャグがとびだすか。それを待つピンとはりつめた緊張感と、その突然の弛緩がたまらない」(「文藝春秋」昭和五十八年新年号)

 写真は、橘家円蔵を襲名したときに撮影。

 襲名後は、寄席を中心に活動し、多数の弟子を抱えた。平成二十七年(二〇一五年)十月七日没。

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