──細い道を踏み外さないように気を遣っていらっしゃったというのは、この作品を読むと実によくわかります。バランスを崩すと「世にも不思議な物語」になってしまうかもしれませんね。
湯本 実際にずいぶん書き直しをしました。もっとホラーっぽくなってしまったところもあったんですよ。何度も読み返しながら、バランスには気をつけました。
──この作品でもそうですが、湯本さんの作品では、食べる描写が印象的です。この作品では「しらたま」「ロールケーキ」、『西日の町』(文春文庫)ではなんとアカガイでしたね。「食べる」という行為は「死」と対極にあると思います。この『岸辺の旅』では死者が美味(おい)しそうにそれらを食べる場面が出てきます。
湯本 これも特に食べることにこだわっているわけではないんですが、食べるということは切ないですよね。食べないと生きていけないという人間の切なさがあります。食べることの悲しさ、死に向かっているのに食べているいじらしさ。よく夢で人がものを食べるのを見ることがあります。そういうのが作品に出てしまうのではないでしょうか。
──食べるのは初めから「しらたま」だったんでしょうか。
湯本 しらたまがあるときふと思い浮かんだことから、この作品を書くことが始まったといえます。だからまったく迷わなかったですね。お汁粉にしようとか、もっと辛いもの系にしようとか(笑)、考えませんでした。
秋の日に見上げた青空
──タバコ栽培をする農家が出てきます。農家はいろいろあると思いますが、タバコというのはかなり特殊なように思います。なぜタバコ農家だったのでしょうか。
湯本 昔、実際に見たことがあるんですが、そこは地形的に行き止りの土地で、タバコ畑がすっぽりそこだけ別世界のような雰囲気で広がっていたんです。まさに夏という感じで、みどりの大きな葉が一面に。それが忘れられなかった。それからタバコという作物にも行き止まり感がありますよね。書いているときは、必ずしもそれを意識していたわけではありませんが、結果的にうまくイメージが合致していました。タバコは嗜好品で、食べ物とは違う。煙になってしまう運命にある不思議な物。人間に親しくて、毒でもある。
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