2009.09.20 書評

大義とは何か――遺書でたどる昭和史決定版

文: 鵜飼 哲夫 (読売新聞記者)

『昭和の遺書』 (梯久美子 著)

  山田風太郎に『人間臨終図巻』という奇書がある。一葉、啄木から、大往生した武者小路実篤まで、古今東西千人近くの死にざまを死亡年齢順に記した大著だ。〈臨終の人間「ああ、神も仏も無いのか?」/神仏「無い」〉など随所につけられたエピグラムからは、作家山田風太郎の透徹した死生観がユーモラスに伝わり、とても面白い。

〈死をはじめて想う。それを青春という〉。夭逝した北村透谷らの最期は哀切であり、死の表情はそれぞれに個性的だ。それが長寿になるほど死の相貌は似かよってくる。功成り名を遂げた人も、いつしか肉体は病み、精神は衰える。〈……意味があって、長生きするのでない〉、〈人間には早過ぎる死か、遅過ぎる死しかない〉。これもまた人生だろうか。

 では、死にゆく人が残した遺書を時代順に並べたら何が見えてくるのか。太平洋戦争末期、硫黄島の戦闘を指揮した栗林忠道中将の辞世〈散るぞ悲しき〉が、〈散るぞ口惜し〉と勇ましく改変された事実に着目した大宅壮一ノンフィクション賞作品『散るぞ悲しき』から、戦争という名の青春を送った五人の男の証言を記録した『昭和二十年夏、僕は兵士だった』まで、一点突破から全面展開を図るノンフィクション作家の梯(かけはし)さんは、本書『昭和の遺書』では、遺書の一点から突破、展開を図った。

「将来に対する唯ぼんやりした不安」という遺書で知られる芥川龍之介から昭和天皇まで、その遺された五十五の言葉を時系列に並べ、読み解いた本書からは、「大義」が猛威を振るい、いつしか「義」が風化していった昭和という時代が鮮明に浮かび上がってくる。

 あらゆる階層の人々が死を間近にする生活を強いられた戦前・戦中は、皇国日本の大義の時代だった。本書の前半には、前線に散った特攻兵や従軍看護婦らの遺書が並んでいる。だが、大義に殉じたとはいえ、大義を信じた人たちばかりではなかった。戦没学徒の一人は殉死の直前、〈我らが祖国  まさに崩壊せんとす  生をこの国に享けしもの  なんぞ  生命を惜しまん  愚劣なりし日本よ  優柔不断なる日本よ  汝  いかに愚なりとも  我ら  この国の人たる以上  その防衛に  奮起せざるをえず〉という悲痛な言葉を遺している。

昭和の遺書
梯 久美子・著

定価:767円(税込) 発売日:2009年09月17日

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