拘置所面会室で初めて見た中国人妻は、折れそうなほど細い女だった。はにかむようなシャイな表情。しかしどこか妖艶な雰囲気もある。この女のどこに「鬼嫁」「毒婦」とマスコミを騒がせた魔性の心が潜んでいるのか、とわが目を疑った。
だが、当時この女が引き起こしたのは、確かにそうした過激な呼称が違和感なく受け止められる衝撃的な事件だったのだ。
彼女に関する事件は三つある。一番目は不仲の日本人夫の保険金目当てに熱湯を浴びせ掛け大火傷させた傷害事件。二番目は日本人夫に過剰な量のインスリンを注射して殺害しようとし、結果的に植物状態にした殺人未遂事件。そして三番目はいまだ犯人が明らかになっていない日本人夫の両親に対する放火殺人事件……。
この中国人妻は風俗店で働き、人気ナンバー1だったとか、1000万円かけて整形していたという情報も飛び出したのだから、当時、マスコミが大騒ぎしたのも無理はない。
私は、この日本中を震撼させた事件を引き起こした中国人妻、史艶秋(日本名・鈴木詩織)の心の闇をどうしても覗き込みたいと思った。
何通も面会を希望する手紙を書き送ったことが功を奏して、詩織との面会が初めて実現したのは、逮捕から1年後の2007年5月のことだった。それから私の拘置所通いが始まった。中国への送金を代行したりするうちに信頼されたのか、ある日、彼女が獄中で書き綴った便箋300枚にわたる「手記」を手渡された。
そこに書かれた、夫にインスリンを注射した瞬間の鬼気迫る光景、熱湯を浴びせ掛けられた夫が悶絶する様子、さらに夫の両親が殺害された夜の家族の会話。まさに事件当事者しか知り得ない描写に私は戦慄し、これは詩織の心の闇を解くヒントになると確信した。
たとえば手記にはこんなくだりがある。
〈どうして私を追い詰めるのですか。どうして私に怖いことをさせようとするのですか。平和に離婚してくれればいいじゃないですか。睡眠薬で熟睡している夫に、私は泣きながら心の中でつぶやいていました。お前に注射したくないが、しかし、注射をせざるを得ない気持ちを、お前はわかってくれますか。私はお前を恨んでいます。〉