書評

獄中手記三百枚が語る「真実」

文: 田村 建雄 (ジャーナリスト)

『中国人「毒婦」の告白』 (田村建雄 著)

 手記はもちろん詩織から見た真実に過ぎないし、あまりに身勝手な言い分である。ただ私は、こうした独善的とも言える発想が詩織個人の特異な性質からくるものなのか、あるいは中国人の国民性や育った環境によるところが大きいのか、をどうしても知りたかった。

 それを考える上で忘れてはならないのが、中国国内の経済格差である。GDP世界2位になった今でも北京、上海の大都市のめぐまれたサラリーマンで月収8万円前後。農村部の寒村の農民だと年収5万~8万円だ。農村部では食べものも着るものも枯渇ぎみで、共産党幹部か役人、官僚とのつながりや、都市戸籍を得なければ今の中国バブルの富の恩恵からも取り残される。

 ましてや中国東北部の農村部で生まれた詩織が22歳で来日した94年当時は、中国経済隆盛の前で、今よりずっと貧しかった。その絶望的な貧困から脱出できるのは、天才的な頭脳の持ち主か、優れたスポーツ選手などだけだ。その他の大多数は、大都市に農民工として出稼ぎに出るか、チンピラ流氓(リュウマン)となるか、密航して海外に出て、ガムシャラに働いてカネ持ちを目指すしか無い。あるいは女なら中国内外での売春もある。

 そんな悲惨な状況で、一か八かの脱出方法として一部中国女たちが人生を賭けたのが日本の男たちの妻の座だった。詩織もその道を選び来日した。だが待っていたのは、金持ちのイメージとは大きくかけ離れた質素な農村暮らし。中国にいたときより多少暮らしは良くなったが夢は萎(しぼ)んだ。

 理想と現実とのギャップに直面した時、大半の中国人妻は日本の生活と折り合いをつけて我慢するか、日本国籍を取得して、そのまま遁走し、カネ儲けに走る。

 しかし、詩織はどちらもできなかった。

「夫と離婚し子どもを自分の手元に置くには何を誰に相談していいか分からなかった。夫が子どもを養育できないよう弱らせるためにインスリンを射つしかなかった」

 彼女はこう主張するが、日本人の夫との間にできた二人の子どもの存在が彼女に大きな影響を与えたことは間違いない。

 もちろんそんな詩織の訴えが日本の裁判所に受け入れられるはずもない。保険金目当てにインスリン注射で夫の殺害を企てたとして、彼女は殺人未遂の罪で現在も栃木県内の刑務所に服役中である。詩織は牢獄の中で涙ながらに私に訴えた。

「誰も私の気持ちを分かってくれない。インスリンを射った罪は認めますが、殺意は無かった」

 取材すればするほど、中国人がなんともやっかいな隣人であることはわかったが、一方で、好むと好まざるとにかかわらず、ますます中国人と密接につき合っていかなければならない時代である。とりわけ日本は今や20組に1組が国際結婚である。中でも圧倒的に多いのが中国人との結婚だ。

 詩織の心の闇は多くの中国人妻に共通するものなのか。その答えについては、ぜひこの本をお読みいただきたい。彼我の国民性、価値観の違いから、さまざまなトラブルが生じた際、この本が中国人を理解する上で何がしかの参考になれば幸いである。

中国人「毒婦」の告白
田村 建雄・著

定価:1365円(税込) 発売日:2011年04月20日

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