書評

わが「――者」シリーズの出発点

文: 折原 一

『毒殺者』 (折原一 著)

(最初にことわっておくと、この小説は一九九二年に出した『仮面劇』の改題改訂本である。すでに『仮面劇』をお読みの方でも、著者による直しがかなり入っているので、改めて挑戦してみれば新しい発見があるかもしれない)

 以下、実際の事件をヒントにした作品を発表順に記しておく。

『毒殺者』(旧題『仮面劇』)(1992/本書) トリカブト保険金殺人事件(1986年/神谷力)
『誘拐者』(1995) 「私の夫は誰?」事件(詳細不明)注2
『冤罪者』(1997) 首都圏女性連続殺人事件(1974年~)
『失踪者』(1998) 神戸連続児童殺傷事件(1997年/少年A)
『沈黙者』(2001) 留置番号渋谷警察署四五番による沈黙裁判(2000年)注3
『行方不明者』(2006) 広島県一家失踪事件(2001年/世羅町)
『逃亡者』(2009) 松山ホステス殺害事件(1982~97年/福田和子)
『追悼者』(2010) 東電ОL事件(1997年)
『潜伏者』(2012) 北関東連続幼女誘拐殺人事件(1979年~)
『侵入者』(2014) 世田谷一家四人殺人事件(2000年)/板橋資産家夫婦放火殺人事件(2009年)

「~者」以外の作品で実際の事件を“一部”ヒントに使ったもの

『異人たちの館』(1993) 大雪山SOS遭難事件(1989年)
『暗闇の教室』(1999) 大久保清連続婦女暴行殺人事件(1971年)/連合赤軍事件(1971~72年)注4
『叔父殺人事件』(2005) 皆野町練炭集団自殺事件(2004年)
『帝王、死すべし』(2011) 京都小学生殺人事件(1999年/てるくはのる)

注1犯人の宮崎勤は小物だが、彼の引き起こした事件が世の中に与えた影響が甚大であるという意味で、A級事件とする。

注21991年、久米宏の「ニュースステーション」で取り上げられた事件。医師の夫を亡くした内縁の妻が、夫の死亡届を出そうと本籍地に問い合わせたところ、該当する人物がいなかったことからすべてが始まる。夫は浜松医大病院の医師山森将智家(やまもり・まさちか)だと称していたが、それも嘘。身元を知る手掛かりは何もなく、押し入れの中から夫が大学ノートに書いた小説が出てきただけだった。妻は病院の身分証明書に貼付された夫の写真を見ながら途方に暮れる。「あなたはいったい誰なの」と。
 久米宏は、「その後の経過についてわかったら、番組で取り上げる」と言っていたが、残念ながら、私はそれを見逃してしまった。
 聞くところによれば、二十年以上前に結婚して五年間だけ暮らしたという女性から連絡があり、夫の身元が判明したという。この手のワイドショーネタをニュースステーションで取り上げたのは驚きだった。

注32000年、渋谷の大型雑貨店で万引き事件の犯人が店員に暴行を働いた事件。犯人は裁判中、自分の身元に関していっさい語らず、最後まで黙秘を貫いた。一審の判決は懲役六年。この事件についての詳細は、拙著『沈黙者』(文春文庫)の佐野洋氏の解説を参照していただきたい(「小説推理」2002年3月号・4月号「推理日記」再録)。
 興味深い事件だったので、私は裁判の傍聴にいった。一審の判決後、家族が名乗りを上げて、犯人の身元が判明。2003年の控訴審では懲役五年の判決が言いわたされた。

注4浅間山荘事件および連合赤軍による山岳ベース事件と大久保清による連続婦女暴行殺人事件というまったくタイプの異なる事件が、ほぼ同時期、近接する地域で起こったことを意外に思う人は多いかもしれない。私は驚きましたよ。

毒殺者
折原一・著

定価:本体700円+税 発売日:2014年11月07日

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