2011.12.12 インタビューほか

初の推理小説で人の哀しみを描く

「本の話」編集部

『星月夜』 (伊集院静 著)

初の推理小説で人の哀しみを描く

2010年、夏。東京湾で見つかった老人と少女の遺体はロープで繋がれていた。捜査主任の畑江や鑑識の葛西、若手の草刈や皆川をはじめ、捜査陣の懸命な努力で身元が判明するが、被疑者の特定は難航。物語は東北の大地へ、神話の町・出雲へと広がっていく。事件の鍵を握るのは、老人の美しい孫娘の「宿命」と、黄金色の銅鐸、そして、余りにも哀しく光り輝く、夜空の星だった――。

――この12月に刊行された新作長編『星月夜』は、伊集院さんにとって、その30年に及ぶ作家生活で初めての推理小説です。まずはじめに、推理小説を書いてみよう、と思われた理由を教えていただけますか。

「2010年に60歳になってから、これからはジャンルを限定せず、どんな新しい分野の小説でも挑んでいこう、と心に決めていました。
 推理小説を書こうと思いたったのも、その姿勢の中から生まれたものです。もともと推理小説は、自分が旅に出るときに持っていき、旅の楽しみの1つとしていました。特に海外ミステリの名作や、日本の比較的古い推理小説を好んで読んできました。ただこれまでは、書き手ではなく、単なる一読者でしかありませんでした。そこから1歩前に踏み出して、『自分が読みたいと思うような推理小説を書いてみたら、一体どんな形になるんだろう』と考えるようになったのが、今回の作品へとつながっています」

――推理小説を書くにあたって、何か工夫をされたことはありますか。

「推理小説というジャンルには、ある定型、約束事があるように思えます。たとえば、誰かが殺され、刑事や探偵などが必死で犯人を追いかけ、徐々に手がかりを見つけ、といったような……。そういった決め事は、まず1歩目は敢えて守ってみました。小説ですから、真っ当な定型はないのでしょうが。
 その一方で、自分がこれまでの作品で人間をどう捉え、どう描いてきたか、そのあたりは変えずに書いていこう、とも思っています。つまり、小説のテーマそのものも、これまでとあまり変わっているわけではない、ということです」

――物語は2010年の夏、早朝の浅草から始まります。東京湾で発見された老人と少女の遺体。身元が判明すると、舞台は一気に岩手、出雲へと広がっていきます。読者は登場人物の心情に寄り添いながら、あたかも旅をしているような思いにとらわれます。

「岩手、出雲、浅草、東京湾、三浦半島――今回の作品の舞台となった場所は、これまで私が旅をしてきた中で、心を奪われた、叙情あふれる風景に出会ったところでもあります。
 中でも夜、月明かり、星明かりに照らされた稲田や麦畑、棚田1つ1つに映る“田毎の月”の幻想的な美しさは、私にとってかけがえのないものです。列車の車窓から水田を見て、思わず感嘆の声を上げてしまうこともあります。
 もちろん推理小説ですから、犯人がどんな心情で人を殺めたのか、捜査陣がどう犯人を追い詰めるかを書くことも大事です。でも、そういった彼らの歳月を常に見守ってくれた星月のことも、人がここまで命をつないできた、生きる糧の象徴として、黄金色に輝く稲穂にある情緒などは意識的に盛り込んでみました。
 そのような思いを込めて、今回の作品は、自分の大好きな画家・ゴッホの一作品『星月夜』からタイトルをとらせてもらいました」

――大事な孫娘を殺された祖父が、かつて孫娘と共に土盛りをした棚田の前にひとり立ちすくみ、家族がその田畑とともに歩んできた歴史に思いを馳せる場面には、心が締めつけられました。と同時に、自分が必ずしもこの作品を、推理小説として読んでいないような心持ちにもなります。

「さきほど、推理小説であっても小説のテーマはこれまで書いてきた作品と変わっていない、と話しました。
 私は、東日本大震災の後に受けたあるインタビューで、こんなことを話しました。
『小説は、人の人生をかえるなんてことはできません。しかし、人の哀しみには寄りそえると信じている』――。
 今回の作品のテーマもまた、“人の哀しみ”です。
 大切な人を失った者の哀しみはもちろんのこと、その事件の捜査を行う刑事たちの哀しみ、ひいては、犯人の心の奥底にある哀しみも、描きたかった。
 もし読んでいただいて『これまでの推理小説とは違う』と思われたのであれば、それは、被害者、警察、犯人それぞれの人生が哀切に包まれていることを外さずに書いたからかもしれません」

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星月夜
伊集院静・著

定価:1785円(税込) 発売日:2011年12月10日

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