「子供の時に読んだ科学雑誌に、脳に損傷を受けた教師が何を話そうとしても卑猥な言葉に変換されてしまったというエピソードがありました。それが大人になっても忘れられず、脳の機能を破壊して言葉を失わせてしまうウイルスが登場する物語が書きたいなと、デビューする前から考えていました」
201X年、国内で日本脳炎に似た高い発熱を伴う病人が急増する。発症すると、ある者は言葉を話すことができなくなり、ある者は他人の話さえも理解できなくなった。瞬く間に猛威を振るうウイルス“バベル”感染への恐怖から貿易はストップし、コミュニケーションの手段を奪われた人々が増えることで産業は衰退していく。政府は感染拡大を防ぐため、“長城”と呼ばれる高い壁を山手線沿いに建設し、非感染者のみを長城内に住めるようにするという非情な判断を下す――。
「一番書きたかったのは、悲惨なものから目を逸らしたいという人間の弱さと、脅威を非科学的に怖がりすぎる愚かさです。何年か前に新型インフルエンザが流行し、修学旅行生が宿泊拒否を受けたというニュースがありました。また福島原子力発電所の事故では、放射線についてひどい誤解があり差別的な発言があったとも聞いています」
とはいえ、よくあるパンデミック小説に留まらないのが福田作品の真骨頂。バベルの出現直後の“BEFORE”、長城建設後の現在進行形の世界の“AFTER”という二種類の時間軸の章を入り混ぜて物語を展開させることで世界が変わる前と後の差を描き出し、スリルを増すことに成功している。
「ウイルスに対抗するワクチンを完成させるという話ではなく、感染が広がった世界はどうなってしまうのかというSF要素の強い作品になりました。長城の内外の格差がひどくなっていくことや、逆に文明の衰退を防ぐために叡智を発揮する姿を想像するのは楽しい作業でした」
物語は中盤で、感染者がある目的を持って長城内に侵入しようとすることで急展開を起こす。その中には感染者であるものの発症はしていない主人公・悠希の元恋人で、バベルに冒されたことで言葉を失った渉がいた。彼らの目的、そしてそれを防ごうとする政府の対応とは――。
「私たちがふだん、自然に使っている言葉が、もし使えなくなったら何が起きるのか。感染の有無を互いに恐れ、疑心暗鬼になる社会では、悲惨なことも起こるでしょう。そんな状態で、私たちは言葉無しで人を愛することができるのかどうか。コミュニケーションの未来と、人間の良心の物語です」
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