たぶん、書き手によって違うのかもしれないけれど、私の場合、登場人物と著者の間には、けっこう大きな距離がある。
実際に書きながらではないと、私には登場人物のことはわからない。書く前にいろいろ考えてみても、実際に書いてみるとまったく違ったりするのだ。
プロットは最初に考えたものから大きく逸脱することはあまりないし、小説の構成は設計図が引ける。なのに、登場人物に関しては行き当たりばったりだ。
もちろん、台詞を書くのは私だから、登場人物は私の知らないことを口にすることはできない。だが、そのくらいのものだ。驚くほど、彼らは私の思い通りにならない。喋ってほしい台詞をどうやっても喋ってくれなかったり、陰鬱なはずのラストシーンを、明るく笑顔のままやりすごしたりする。
だから、私にとって登場人物とは、作り出すものというより、出会うものだ。
キリコちゃんと出会ったのは、たぶん私が小説家になって五年ほど経った頃だ。
当時はまだ作家だけでは食べていけず、清掃作業員のバイトをしていた。実を言うと、清掃作業員の仕事は、それほど苦痛ではなかった。朝が早いことや、トイレ掃除などあまり楽しいとは言えない仕事もあったにはあったけど、それでも結果がすぐ出ること、頭を空っぽにして黙々と作業に集中できるのは気持ちがよかった。
だが、当時の私は常に迷っていた。清掃の仕事ではなく、小説を書くということで。
デビューできたことがうれしい時期はすでに過ぎていた。だが、必死になって書いたものは話題にもならず、売れもしない。デビュー作さえなかなか文庫にもならず、いつまでたっても収入はかつかつだった。
このまま書き続けるか、なにかほかの仕事を見つけるべきかずっと迷っていた。いつまでもこの状況が変わらないような気さえしていた。
そんなとき、ふっと彼女という存在が頭に降りてきた。
いつも可愛い服を着て、魔法のようにその場をぴかぴかにしていく清掃作業員の女の子。そんな子が探偵のミステリを書いてみたい、と。
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