最初は、清掃作業員にしか見えない視点で謎を解く、日常の謎ミステリであったこのシリーズが、意識しないうち「働くこと」というテーマを内包しはじめたのも、今考えれば当然のことだったのかもしれない。
当時の私は、自分の夢見ていた小説家になれたものの、どうやってその場所に留まればいいのか、悩み続けていた。一方で、生活のためにはじめた清掃の仕事に、意外なほどの爽快感も感じていた。
いまだかつてないほど「働く」ということについて、考え続けた期間だったから。
さて、この『モップの精は深夜に現れる』は、『天使はモップを持って』の続編にあたり、シリーズの二作目となる。
前作では梶本大介という青年の視点で、彼が働く会社を舞台にキリコちゃんが活躍するという話だったが、二作目からキリコちゃんは派遣の清掃作業員として職場を転々とし、いろんな職業の人たちと知り合っていくことになる。(その理由は読んでいただければわかると思う)
父親ほどの年齢のサラリーマン、ライターの女性、モデルの女の子。立場は違うけど、それぞれ悩みを抱えた人々の前に、彼女は軽やかに舞い降りる。
世界なんて少しも簡単じゃないし、働くことは、打ちのめされることばかりだ。
だが、彼女は知っている。とりあえずぞうきんやモップを持って手を動かせば、不器用なやり方でも少しずつきれいになっていく。そんなふうに物事と向き合えば、たいていのことはなんとかなる。
もちろん、翌日には掃除をしたところも、すべて元通りに汚れてしまっているかもしれない。そのことにうんざりする日は、彼女にだってあるはずだ。
それでも、そんな仕事を「好き」だときっぱりと言い切れる女の子に、わたしは出会いたかったのだと思う。
働くことだけではなく、人生だってきっとそんなものだから。そんな毎日を好きでいられるか、そうでないかで世界は一変するはずだから。
そんな気持ちで書き始めたこのシリーズは、気がつけばいちばん長く、定期的に書き続けているシリーズになってしまった。
彼女を取り巻く環境も少しずつ変化して、彼女も大人になりつつあるのだけど。
清掃作業の仕事は好きだったけど、一年半ほどでやめることになった。学生バイトたちの気まぐれに業を煮やした正社員の男性が、「どんな理由があっても月に三日以上休んだらクビ」というよくわからないルールを導入したのだ。その冬、インフルエンザにかかった私は、このルールにひっかかった。
それなりにプロ意識を持って仕事に取り組んでいた私だったが、やめてしまってからは、お世辞にも「掃除が好き」と公言できないような状態になっている。
やはり、作者と登場人物の間には、決して埋めることのできない溝があるのだ。
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