文春写真館

童心竿頭に宿る井伏鱒二

文・写真: 「文藝春秋」写真資料部

童心竿頭に宿る井伏鱒二

 井伏鱒二は明治三十一年(一八九八年)生まれ。本名は満壽ニで、ペンネームは釣りが好きだったことに由来する。

 機嫌がよいときには、墨で半紙に「童心宿竿頭」(童心竿頭に宿る)と書いた。井伏家の応接間兼書斎の床の間の脇にあった大ぶりの備前焼の壺に釣竿が二、三本無造作に投げ入れてあったという。

 写真は昭和三十一年(一九五六年)、兵庫県丹波地方にて撮影。この年の春より翌春にかけ、丹波路、久慈街道、甲斐路、備前街道など各地を旅行、その紀行文を順次、「別册文藝春秋」に発表した。丹波篠山の監物橋の下ではハヤ釣りをした記述がある。〈私の経験では、監物橋の橋脚をめぐるフカンドが確かに恰好な釣場である。私は釣竿が折れたので二尾しか釣れなかつたが、土地の釣師は私と並んで立つた僅かの間に、五尾も六尾も釣りあげた。「この町には共産党が幾人かゐますか」。ふと私は、傍らの釣師に自分でも思つてもゐないことを訊ねた。相手は口のうちで何やら呟くと、さつさと川下に下つて行つた。おかげで私は釣のアナを確保できたとはいへ、竿が朽ちてゐて一度に二箇所も折れたので宿に引返した〉(「七つの街道」井伏鱒二より)

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