
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「最近私、人間タワーの事ばかり考えていて」
何の気なしにそう告げると、編集者のMさんが不思議そうに復唱した。「にんげんたわあ?」……何ですかそれ、という表情。
勿論あれですよ、組体操の、あれ。ピラミッドと言ったほうが伝わりやすいのかな。うちの子が人間タワーって言うものだから、私も同じように呼んでいるんです。一部の保護者の間で人間タワーは危ないらしいと声が上がったところだった。大怪我につながりかねないってネットニュースに出ていたわよ。URLが回ってきて、教師に相談してみようかと、もやもやしていた。子どもたちの間でも、やりたい派と慎重派に分かれているらしい。
そんな話をしようとしたら、Mさんが、
「人間タワーって、なんか凄い言葉ですね」
面白そうに言った。
「だって、人間の、タワーですよ」
そう言われてみて、ふいに運動会にも組体操にも関係のない地点から「人間タワー」に再会した気がした。頭の中に、奇妙に血肉の通った知らない個体がむくむくと立ち上ってくる。色鮮やかなトーテムポール。岡本太郎の太陽の塔。テレビドラマの『ハンニバル』で見た、死体を組み合わせて作った残酷な櫓。それらがごっちゃに組み合わさった、人間の塊。危険だという学者の意見、母の不安、いやそれでもやるべきだという識者の声、それぞれの位置で四つばいになって友達を支える子どもたち、それを眺める観客たち……さまざまなものが溶けあった。
気づくと私は、
「人間タワーにまつわる群像劇はどうでしょうか」
新作の小説について、そんなふうに提案していた。
「別冊文藝春秋 電子版7号」より連載開始
別冊文藝春秋 電子版7号
発売日:2016年04月20日
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『22世紀の資本主義』成田悠輔・著
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