「舞い落ちる村」は、生まれ育った女系の村と大学のある街を行き来する「わたし」の物語だ。街は私たちの馴染みの、この現実の場だけれど、村はちがう。そこでは時間の進み方や年齢の重ね方がしっかりとは定まっておらず、ものの数も曖昧だし、ひとびとは個々の名前すらめったに持たない。
「わたし」は、そんな「言葉を信じない」村のありかたや、姉(本来は妹だったのに、子どもを産むと同時に年をとって姉になったのだ)に違和感を抱いており、村のほうも「わたし」を異端児として扱う。
やがて、村を出て大学に通うようになった「わたし」は、朔と出会い、強く惹(ひ)かれる。彼女は言葉を恃(たの)み、言葉で武装した、まさに言葉の化身である――。
この作家のつむぐ文章は、端正でこの上なく美しい。しかし、おとなしくはない。選び抜かれた言葉は読む者の背を押し、転がり落ちた先に次の言葉があり、あれ、と思う間にひとつの文となる。その文がまた、背を押す。押されるままに、どこまでも落ちていかねばならない。夢中で落ちながら、目を見張る。言葉が喚起する静かで凄絶な情景と、それから、連ねられた文字そのものの視覚的な愛らしさに。
文字を読み進めるということは、こんなにこころよいものだったのか。その驚きと興奮は、今でも、初読時と比べて目減りするということはない。むしろ、増しているようである。磨かれた表現は何度読んでも古びず、いつも新品の輝きで迫ってくる。
この作品を読み返すたび、私は精緻に編み上げられた文体に溺れる。うっかりしていると、溺れているうちに、一息にしまいまで行き着いてしまう。そして、しまった、と思う。溺れるのは心地いい、いつまでもこうして溺れていたい。けれど、溺れてばかりいては、大切なことを見過ごしてしまう。
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