『民宿雪国』『テロルのすべて』など、話題作を次々と発表する樋口毅宏さんが、『二十四の瞳』で有名な小豆島を舞台にまたやってくれた。
小豆島には、それを見た恋人には別れが訪れるという謎の生物がいた。ニジコと呼ばれるその緑色の生き物は、恋人を別れさせる一方、気に入った恋人は永遠に添い遂げさせると言い伝えられていた。この島で四組の恋人たちがたどる悲しい運命、平成・昭和・明治と時代を遡るにつれて姿を現す島の因縁の物語、明らかになるニジコの正体、そして「二十五の瞳」の意味……。すべてを読み終えたとき、私たちが目にするものとは?
この小説では、「序章」と「終章」でなんと樋口さん自身も登場人物の一人となっている。そこでは、この物語の“出生の秘密”も明かされているのだ。
「この小説のテーマは、愛は終わってしまうものだということだと思うんです。僕は去年十年の結婚生活に終止符を打ち、身をもってそれを実感しました。愛という奇跡は一度終わったら取り戻せないんだなと。
小説の中でこんなに他人のことを書いているんだから、自分のことも書かないのはフェアじゃないと思った。それで当初予定にはなかった『序章』と『終章』を付け加えましたが、ここに書かれていることは九十九パーセント本当のこと。原発事故が起きた直後、嫌がる妻に土下座して、新幹線で無理やり福岡に連れて行きましたし、僕が妻に対して持った感情もそのまま書きました。事故のピークも過ぎたなと思って、東京に戻る途中に立ち寄ったのが小豆島です。信じられないかもしれませんが、何気なく海に足を浸した途端、一瞬でこの小説のストーリーができあがっていました」
だが、悲恋の物語はただの“いい話”で終わらない。『二十五の瞳』というタイトルからもわかるように、『二十四の瞳』を始めとする過去の名作を換骨奪胎、ヒップホップの方法論を小説に持ち込み、新たな命を吹き込むのが樋口毅宏の真骨頂だ。
「常々僕の周りに、木下恵介監督の映画を見ている人がほとんどいないことが悲しくてたまりませんでした。『二十四の瞳』のほかに、『わたしの渡世日記』や吉村昭さんが尾崎放哉を描いた『海も暮れきる』も下敷きにしています。僕の本を読んでくれた人が、これらの元ネタに触れるきっかけになってほしい。僕なんかの小説より百倍以上素晴らしい作品ですから。読み比べていただいて、『樋口のやつ、派手にやりやがったな』と笑ってもらえれば、これ以上嬉しいことはありません」