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山口洋子は女優を断念。クラブ経営者、作詞家、作家として花開いた

山口洋子は女優を断念。クラブ経営者、作詞家、作家として花開いた

文・写真:「文藝春秋」写真資料部


ジャンル : #ノンフィクション

 山口洋子は昭和十二年(一九三七年)名古屋市生まれ。昭和三十二年、二万人の応募といわれた超難関を突破して、東映ニューフェイス四期生に選ばれた。同期に佐久間良子を始め、室田日出男、山城新伍、花園ひろみらがいた。山口は当時を振り返って、

〈佐久間さん以外はほとんど冷や飯食らいの身分で、当時の俳優課の小生意気な主任には、「おまえたちのなかでたった一人、ピカいちのスターが出たら、それで会社は元がとれるのだ」と宣言されていた。

 その佐久間嬢だが、入所時は何と補欠。

 トップで入ったのは五つのミスのタイトルを持つM子で、この私が二位だったというのだから笑わせる〉(「文藝春秋」平成七年=一九九五年十一月号巻頭随筆「大女優」より)

 若くしてスター街道を一気に駆け上った佐久間とは対照的に、山口は約二年の在籍で女優になる夢をあきらめる。

〈退めるときに、いわずもがなの台詞を吐いた。

「良子(よっこ)、あなたは女優の優雅の道、私は女給の給金に走るわよ」〉(同前)

 銀座にクラブ「姫」を開くと、ここで多くの著名人を客として迎え、一躍有名店となった。

 やがて作詞活動を始め、昭和四十五年に内山田洋とクール・ファイブの「噂の女」がヒット。これを皮切りに作曲の平尾昌晃とのコンビで「よこはま・たそがれ」「ふるさと」「夜空」「千曲川」(歌・五木ひろし)「うそ」(歌・中条きよし)など、数多くのヒット曲を世に送り出した。

 また、梶山季之、吉行淳之介、川上宗薫など錚々たる顔ぶれの作家が「姫」の常連だった影響もあって、近藤啓太郎に師事して小説を書き始め、昭和六十年、「演歌の虫」「老梅」で直木賞を受賞する。

 クラブ経営者、作詞家、作家として多才ぶりを発揮したが、大病を患い、銀座生活からは身を引いた。写真は平成十年(一九九八年)撮影。平成二十六年九月六日、呼吸不全で亡くなった。

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