四国遍路の帰路、徳島発のフェリーから冬の海に消え、水死体となった父。その父は20年以上も家族を裏切り続けていた。家庭にも恵まれ企業人としても一定の地位を得た父は、なぜ外に愛人を持ったのか。そしてなぜ船から身を投げたのか。次女の碧(みどり)は父の遍路を辿ることを決意した――。
充実した創作活動を続けてきたベテラン作家・篠田節子さんの最新刊は、1人の男性の一生を通して人生の混沌や社会の悲劇をあぶりだす長編小説だ。
「老境を目の前にして、自分が歩んできた小市民的な人生に意味を見出せなくなる、実存的な不安のようなものを描きたいと思いました。男性だけでなく私自身も、しばしば立ちすくむことがありまして。『ホーラ』の取材で地中海の島の正教会を回って巡礼の姿を目にしたときざわざわとした違和感と畏敬の念が残りました。今回、失われた自分の根っこを探す場所はどこだろうと考えたときに、やはり宗教に近づき、しかし宗教にはじき出される現代日本人の精神構造に行き着くかと」
そして、もう一つの社会的なモチーフとして、戦後の階層社会がもたらした男女関係のひずみがあるという。
作中、父・康宏は様々な女性と交わる。例えば、25年間愛人として関係を持つ笹岡紘子(ひろこ)だ。康宏と紘子は学生運動の暴動をきっかけに肉体関係を持つ。しかし、その後2人は別れ、康宏は出世競争に熱中し、“紘子のように対等に話はできないが、女性として尊敬できる”短大卒の女性と結婚する。一方、紘子はそのまま学業の道に進み、周りの理解を得られない環境にあっても社会的な矛盾と戦う。その2人の運命は切れることなく交わり続ける。
「男女関係なのか、親友なのか、ソウルメイトなのか、人と人の関係なんて、カテゴライズできないし宣言して始まったり、『絶交よ』と言って切れるものではない。でもこの夫婦は、紘子さんは関係なしに、初めからボタンを掛け違えている。例えば康宏は『料理を作ってくれて、お金の管理をしてくれてありがとう』と感謝しますが、性別役割分業制が、たまたま破綻なく機能しただけ。そこに家族の情が加わったにせよその先の虚無が覆い隠されるわけじゃない」
碧は、ある人との電話がきっかけで改めて父の自殺に疑問を持つ。そして命日に徳島からのフェリーに乗り、父が最後にカメラに収めようとしていた景色の意味を理解する。
「若い碧はその景色を見て涙をこぼしたりするけれど、父の抱えたものはわからない。それでいいし、それが親子だと思います」
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