書評

司馬史観、日露戦争について
理解を深めるための貴重な一冊

文: 東谷 暁 (ジャーナリスト)

『文藝春秋にみる「坂の上の雲」とその時代』 (文藝春秋 編)

 しかし、ロシア側の全権代表であるセルゲイ・ウィッテは、陰謀うずまく宮廷政治を潜り抜けて、ロシアの近代化を推進してきた老練な政治家だった。講和会議に臨むさいにも講和を戦争の延長と考えて、ロシアが敗れたとは認めない姿勢を貫くだけでなく、報道機関が発達したアメリカの世論を味方につけるマスコミ対策すら画策していた。そのことはウィッテの回想記『日露戦争と露西亜革命』に詳しいが、阪井がポーツマスで目撃したのも、まさに回想記に記されたとおりの手ごわい戦略的行動だった。

 最初ルーズベルトは日本に対して同情的に見えたが、賠償金と樺太の両方にこだわる金子に対して、突如、手紙で賠償金はあきらめ樺太は南半分で妥協するよう勧めてきた。阪井が手渡したルーズベルトの手紙を読んだ金子は愕然とする。

〈ねぼけ眼でそれを一読するや、金子さんは忽ち満面紅潮、ベッドの上に起き上がり、「馬鹿野郎!」と怒号した。そしてわしづかみにした手紙をもう一度よむや、「馬鹿野郎、こんなこと出来るもんか。」というなり、ゆかの上めがけて、その手紙をたたきつけたのであった。私は驚いて走りよって大統領の手紙を拾い上げた〉

 それだけではなかった。ポーツマス条約締結の二、三年後、阪井はある雑誌にルーズベルトが金子に送ってきた手紙が全文掲載されているのを発見する。それはロシア側からリークされたもので、ウィッテはルーズベルトから、金子宛の手紙の内容を完全に知らされていた。ルーズベルトは金子を二重に裏切っていたのだ。表の華やかさとは裏腹の、外交というものの陰湿さと恐ろしさを教えてくれる好論文である。

 ここで特記しておかねばならないのが、伊藤正徳の「『三笠』の偉大と悲惨」「続・三笠の偉大と悲惨」の二論文だろう。第二次世界大戦後、ソ連は三笠を廃棄するよう要求したが、アメリカの仲介によってかろうじて保存することができた。ところが今度は、大蔵省が三笠の処分を進めていることを知って、伊藤は激しく抗議するとともに、国民に訴えて三笠保存運動を展開することになる。

〈具体的に言うと、関東財務局は、三笠の艦側に保全されてあったマスト、砲塔、煙突、艦橋の鉄類を、屑鉄商人に払い下げて了ったのである。……そもそも之等の重要部分品は、アメリカの当局が、ソ連と妥協して撤去はしたが、「時勢が改まったら復原を許そう」と考えて、わざわざ艦側にコンポーして保存させておいたものである。外国人さえ惜しんでいたこの三笠の生命を、日本の大蔵省が我が手にかけて断ったのだ〉

 伊藤は財界に働きかけて資金を調達しようとしたが、目標金額を達成することができなかった。かわって、目標以上の資金を集めたのが一般からの醵金(きょきん)だった。〈大いに意を強くした歓びは、国民大衆の醵金が予定を六割以上も上廻って、財界の不足分を十分に償った一事である〉。いま横須賀で、三笠の勇姿を見ることができるのは、ここに収められた伊藤の論文があったればこそなのである。

 もっと紹介したい論文やエッセイあるいは証言が多くあるが、残念ながらここでは割愛せざるをえない。

 この本は『坂の上の雲』の副読本として興味を持って読めることはもちろん、日露戦争そのものについて、もっと理解を深める史料集としても益すること大だろう。付け加えておくと、最近、司馬史観と呼ばれる司馬遼太郎の思想について論じられることが多くなったが、司馬史観の研究を深めるためにも、ぜひ手許に置いておきたい一冊といえる。

文藝春秋にみる「坂の上の雲」とその時代
文藝春秋・編

定価:1700円(税込) 発売日:2009年11月21日

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