2014.12.08 文春写真館

兄や姉を思う気持ちから文学を志した三浦哲郎

文・写真: 「文藝春秋」写真資料部

兄や姉を思う気持ちから文学を志した三浦哲郎

 三浦哲郎は昭和六年(一九三一年)、青森県八戸市の呉服屋の三男として生まれる。六人兄弟(姉三人、兄二人)の末弟だったが、昭和十二年に次姉が亡くなって以降、長兄、長姉が相次いで早世してしまう。八戸高校卒業後、早稲田大学に進学。深川にいた次兄の世話になりながら下宿するが、生活を支えてくれていた次兄も行方不明となり、休学届けを出して帰郷する。

 中学校の助教諭となるが、亡くなった兄や姉を鎮魂したい思いから文学を志し、退職。昭和二十八年、早稲田大学文学部仏文科に再入学し、小説を書き始める。井伏鱒二の知遇を得て、その後師事するようになる。

 昭和三十一年、結婚。翌年早稲田大学を卒業し、文筆生活に入るが、父が亡くなり、自らも病に冒され、帰郷する。

「私は、かつて肉親の死に会うたびに、ぬきがたいひとつの感情に悩まされてきた。羞恥である」「私は自分の血を恥じるとともに、血に抗って生きる生き方に思いをこらした」(「恥の譜」より)

 昭和三十六年、「忍ぶ川」で第四十四回芥川賞を受賞。以後、「繭子ひとり」(昭和三十八年、東奥日報連載)がNHK朝の連続テレビ小説の原作になるなど、積極的に作品を発表した。昭和四十六年に発表した児童文学「ユタとふしぎな仲間たち」も劇団四季によってミュージカル化され、ロングランとなっている。

 江戸時代の東北の飢饉を題材とした「おろおろ草紙」、天正ローマ使節団を描いた「少年讃歌」、作家を志す原点となった兄姉の不幸を改めて構想し、描ききった「白夜を旅する人々」など幅広いテーマで作品を世に送り出し続けた。

 平成二十二年(二〇一〇年)没。写真は昭和五十九年、芥川賞選考委員に就任した時に撮影。

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