忙しい朝も1分で名著に出会える『1分書評』をお届けします。 今朝は門脇舞以さん。
私は1年半前に出産を経験した。こんなにも無知だったのかと思い知るばかりの日々は、長らく変化の無かった人生観をいとも簡単に変えていったし、言葉にしてのこしておけば誰かの道しるべになるような出来事ばかりだったようにも思う。
けれど上手く言えないし増えて増えて持ちきれないから、そっと置いて行くしかないのだ。そう思っていた。……この作品に出会うまでは。
朝斗は、佐都子が40歳を過ぎてから得た子どもであった。30歳で結婚し、子どもは「いつか」授かるのであろうと思いながら35歳になった。クリニックを受診した時、夫婦は初めて、その「いつか」が易々と訪れるものではない事を知る。
夫が<無精子症>であることが判ると、義母は佐都子に土下座した。顕微授精を扱っている岡山の病院には、毎回、飛行機で通った。2人は、暗い、夜の底を歩いているような、長いトンネルの中にいた。
やがて夫婦は、そのトンネルを抜ける。特別養子縁組により我が子となった新生児・朝斗が6歳になったころ、若い女が「子どもを返してほしい」とやってくる。物語は脅迫者の過去へと遡る――
この作品には、2人の「お母さん」が登場する。子を産んだ者、産めなかった者。子を得た者、手放した者。身近にいても不思議でない、自分と同じ部分を感じられるような性格の2人だから、他人事とは思えずに、胸がつまる。自分だって先のことなどわからなかったから、揺れ動く心に、共感する。置いて行くしかなかったはずの、かけがえのないあの気持ちが、此処に集められていた。
溢れ止まぬ涙もそのままにエンディングまで読み終えた時、ふと見ると、私の胸元に小さく千切れたティッシュペーパーをポンポンと押し付ける息子の姿があった。
……家族の存在は、まさに「朝」だ。それに気づかせてくれたこの作品を、この手を、とても愛しく想った。
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『男女最終戦争』石田衣良・著
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