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どんな英雄も、どんな大帝国も、会計を蔑ろにすれば滅ぶ

どんな英雄も、どんな大帝国も、会計を蔑ろにすれば滅ぶ

文:山内 昌之 ,文:片山 杜秀 ,文:篠田 節子

『帳簿の世界史』 (ジェイコブ・ソール 著/村井章子 訳)

出典 : #文藝春秋

「心の会計」の習慣

片山 そこで神様なんですね。キリスト教徒は、悪行が善行を上回ると地獄に落ちるから、「心の会計」をして日々の善悪の差し引きをする習慣が伝統的にあったと言う。そこに利己心に走っての金儲けは罪深いという文化が加わる。「心の会計」と「お金の会計」がセットになり、キリスト教徒は丹念に帳簿を付ける。罪の負い目を減らすために、利益を貧民救済に寄付したり、免罪符を買ったりする。一方、罪の重さを本当に計算できるのは神だけで、人間が計れると思うのは驕りという考え方もある。こういう思想はいい加減な会計意識と結び付く。何でも帳消しにしてしまう(笑)。著者は世界史全般を、この2つの立場の争いとして説明する。面白いですね。

山内 ジェレミ・ベンサムは、「最大多数の最大幸福」の原則を提唱し、複式簿記方式で幸福度を評価しようとした。幸福と苦痛の価値を合計して、両者の差を出して改善すれば、現世の幸福を得られる、と。この考え方がシンプルな形で文学作品にも見出される。「年収が20ポンドで年間支出が19ポンド60ペンスなら、結果は幸福。年収が20ポンドで年間支出が20ポンド60ペンスなら、結果は不幸」というまさにベンサム的な幸福度評価が、父親が会計士だったチャールズ・ディケンズの『デイヴィッド・コパフィールド』に書かれているという指摘も好奇心をそそる。

 アメリカ建国の功労者ベンジャミン・フランクリンの事例も興味深い。彼は善行と悪行を帳簿につけていました。「節制」とか「沈黙」とか徳目を13並べて、達成できなかったときは黒丸を書き込む。マックス・ウェーバーが『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で、会計と倹約に関してフランクリンを評価するのもうなずけます。

篠田 そのフランクリンが外交交渉でパリに滞在した際、独立記念日に盛大なパーティーを開いて「ワインを100本以上」空けたそうで、この弾けっぷりはどうですか(笑)。

山内 倫理と精神はどこにいったの、と言いたくなる(笑)。フランクリンは、次第に会計が面倒臭くなったのでは、と著者は言いますが……。

篠田 それもまた外交官の腕の見せどころで、ワイン100本で国の威信を高める効果を狙ったということでしょうか。

山内 ジョージ・ワシントンも几帳面に個人の帳簿を付け、公開すらして公私の混同がないことを示した。アレクサンダー・ハミルトンの「権力とは、要するに財布をしっかり握っていることだ」という言葉は、会計を通じて財政を掌握することが国家運営の根本だということをよく理解していた点を示している。彼ら建国の父たちの堅実さがアメリカを成長させたのでしょう。

片山 最後に、編集部による「帳簿の日本史」という章が付加され、江戸時代に独自の複式簿記が存在したと説明されています。本書では、神への畏れから会計意識が育ったという西洋的説明が強調されていますが、ならば日本のこの例を著者はどう解釈するか、興味がありますね。

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