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フランス革命も、アメリカ独立も――歴史はいつも会計士が作ってきた!

フランス革命も、アメリカ独立も――歴史はいつも会計士が作ってきた!

文:山田真哉 (公認会計士・税理士)

『帳簿の世界史』(ジェイコブ・ソール 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #ノンフィクション

『帳簿の世界史』(ジェイコブ・ソール 著)

 「会計」という視点を軸にして、歴史の裏側を紐解いてみせたのが、本書『帳簿の世界史』です。その面白さは何と言っても、会計が歴史を動かすダイナミズムにあります。会計はそもそも経済に影響を与えるものですが、本書で語られるのは、会計が政治や文化に影響を与え、さらには歴史までをも動かしてきたという驚愕の事実です。

 本書に登場するのは、コジモ・デ・メディチ、コルベール、ネッケルといった、学校で教えられる「世界史」では、決して主役とは言えない人物たちです。名前に聞き覚えがあったとしても、「何をやった人?」と聞かれたら、すぐには答えが出ないのではないでしょうか。たとえばその一人、ネッケルを『角川世界史辞典』(私のお気に入りの辞典です)で引いてみると、次のように書いてあります。

フランスの銀行家。ジュネーヴ生まれ。経済的手腕を買われ、ルイ16世治下で2度にわたり財務総監となり、国庫の再建にあたった。特権層と対決する姿勢に欠けたが、民衆の期待は大きく、1789年7月の彼の罷免が、バスティーユ牢獄襲撃のきっかけとなった。

 うんうん、なるほど……と、世界史好きな私も、今まではこの説明で納得し、何ら疑問を持つことはありませんでした。しかし、何気なく書かれている「国庫の再建にあたった」という一言──この裏にこそ、世界史を変える劇的なドラマが潜んでいたのです。

 本書の第9章がそれに当たります。一七七七年、ネッケルはルイ一六世に請われて、莫大な負債を抱えたフランスの財務長官に就任しました。厳格な監査を通して、国家の帳簿を精緻化していったネッケル。彼はやがて国庫再建の一環として、「神秘のベール」に包まれていた国家財政を全国民に公開します。この『会計報告』は民衆に大きなショックを与えました。宮廷重視の、あまりにも偏った予算配分だったからです。これに民衆は怒りを爆発させ、それがやがてフランス革命へとつながっていきます。そしてルイ一六世は断頭台の露と消え、絶対王政の時代は幕を閉じることになったのです──。

 私は会計士・税理士として、普段から「帳簿」に向き合っています。今の時代、「会計」「決算」というのはあって当然のもので、世界経済はそれなくして成り立たないと言っても過言ではありません。しかし本書で描かれるのは、その存在が当たり前ではなかった時代に奮闘した会計人たちの姿です。そして、当たり前でなかったものが当たり前になる時代の境目では、まさに「その時歴史が動いた」とでも言うべき、数多くのドラマが生まれていたのです。

 たとえば本書の冒頭に登場する、ルイ一四世の下で財務総監を務めたコルベール。彼は王国の決算を王がいつでも見られるように、ポケットに入るサイズの小型帳簿を作成しました。そしてルイ一四世は収入・支出・資産が記入されたその帳簿を年に二回、コルベールから受け取り、実際に持ち歩いていたのです。コルベールは、国の繁栄のためには国王自らが監査責任者にならなければならないと考え、会計を「国家運営」の技術へと作り変えました。コルベールによる会計革命の結果、ひっ迫していたフランスの財政は劇的に改善、ルイ一四世は世界最大の富豪となり、「朕は国家なり」と豪語するに至ったのです。

 メディチ家を繁栄に導いたコジモ・デ・メディチもまた、私たちに監査の重要性を教えてくれます。メディチ家といえば、銀行業で大成功した一族ですが、銀行の支店はヨーロッパ中に展開されていました。それらをまとめあげるためには、どう考えても高度な会計、簿記の技術が必要になってきます。メディチ家はこれをどうしていたか。第3章にある通り、コジモ自らが監査を行っていたのです。

 本書では、「監査」が一つのキーワードになっています。監査とは、帳簿が適正につけられているかどうかを、第三者が確認することです。本当に面倒な、時間のかかる作業ですが、会計士が監査をする場合、自分の専門ではない分野の数字も見ることになるので、感覚的に「正しい/正しくない」という判断ができません。そのため、目の前の数字から実際の業務を想像しながら、膨大な項目を一つひとつチェックしていくことになります。

 そこで間違いを見つけたら経理担当者は修正をするわけですが、この修正がまた、煩雑な手続きを要します。というのも、帳簿上のそれぞれの数字は他の数字と密接にリンクしているので、どこかを修正すると、それが影響を与える範囲すべてを修正しなければならないのです。この修正の作業に、実に多くの時間を費やします。間違った帳簿ほど面倒なものはないのです。

 古今東西、人間は皆なんだかんだミスをするもの。特に、会計のプロでない人が作った帳簿には、だいたい間違いが潜んでいます。そう考えると、各国に散らばるいくつもの支店の監査を行っていたコジモ・デ・メディチの作業量は、気が遠くなるようなものだったことでしょう。その苦労は、察するに余りあります。しかし、その努力によってこそ、メディチ家は一時代を築くことができたのです。

文春文庫
帳簿の世界史
ジェイコブ・ソール 村井章子

定価:990円(税込)発売日:2018年04月10日

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