山内 一九三二年(昭和七年)、井上準之助前蔵相や団琢磨三井合名理事長が、宗教家の井上日召の信者らによって暗殺される連続テロ事件、血盟団事件が起きます。『血盟団事件』は、カリスマ的指導者・井上日召の半生を中心に、茨城県大洗の農村の若者や旧帝大の学生が彼に心酔し、そしてテロに至るまでを丹念に描いています。
私が興味を持ったのは、著者のような、高度成長期以降に生まれた世代が昭和のテロリストをどう捉えたのかという点ですね。日本史には、日本に起きた大きな変化は二つしかないという考え方がある。一つは応仁の乱とそれを契機とする戦国時代。日本の東国と西国、階層、職業、いろんなものが流動化すると同時に農村集落ができあがった。もう一つの変化は、明治維新でも敗戦でもなく、一九六〇年代の高度経済成長だというのです。高度経済成長によって農村が事実上消滅し、都市に収斂され、都市中心の生活環境が作られた。つまりここで戦国以来の日本人と日本社会が大きく変わったというんです。つまり、この本は、一つの事件の見方が高度成長期の前後でどう変わるのか、という視点でも読める。
野崎 たとえば三島由紀夫が、血盟団を一つのモデルとして『豊饒の海』第二部を書くのが一九六七、八年です。つまり、三島は高度成長の真っ只中で、必死になって天皇制を蘇らせようとしたわけですね。
著者は、血盟団の人々と距離を置くのではなく、むしろ強いシンパシーを持って、「一人一殺」の瞬間まで「一緒に行くんだ」という感覚で書いていますね。それがただならぬ臨場感を生みだしている。
山内 井上が、自分たちは「捨て石」となって「破壊」をし、あとの創造は次の世代に託そうとする、切羽詰まった感覚が指摘されていますね。しかし、著者の血盟団の素描はどこか明るいんだなあ(笑)。
私などは、革命、テロというと、十九世紀から二十世紀のフランスやロシアのジャコバンの面々やアナーキストたちを連想する。その背景には、陰謀行為と裏切りといった非常にドロドロした暗部があるわけですが、そういう側面はこの本のテロリストたちには余り感じない。
片山 北一輝や大川周明のような理論家ではなく、非合理で神秘的な態度で、とにかく暗殺すると世の中が変わると説いた井上を取り上げたところに、著者の狙いを感じます。血盟団事件は言うまでもなく、わずか二カ月後に起きる五・一五事件と連動しています。その繋がりをもっと論じると、政治的な生臭い面も出てくるのですが。
山内 終盤に井上たちが依存していくのは陸海軍です。陸軍大臣にもなる荒木貞夫に期待するのだけど、結局、軍内部の派閥争いのために使われた。その対極としての井上たちの純粋さが目立つのだけど、資金やピストルをどうやって入手したのか。
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