書評

七〇年代生まれの著者が
戦前のテロ青年をどう捉えたか

文: 山内 昌之,片山 杜秀,野崎 歓

『血盟団事件』 (中島岳志 著)

現在の若者を挑発

片山 血盟団事件には、井上らの上申書や獄中手記、公判記録など、膨大な資料が残されています。著者はそれらを読み込み、さらに井上の娘や血盟団最後の生き残りだった川崎長光などに取材している。その取材部分はとてつもない値打ちがあります。ただ保守思想の研究でも知られる著者ですから、彼らの思想についての独自の分析や整理が読みたかったですね。

野崎 私はこれを一種の若者小説として読みました。物語の核は中退者や低学歴の青年たち。そして大ボスの井上は、度重なる挫折を経験した結果、神秘思想にハマった宗教者。何の後ろ盾もない一介の青年が堂々と帝大の教授と差しで議論する。どんな権威にもなびかず、世直しのために自らの命を顧みず行動を起こす。こんな生き方は六〇年代まではあったかもしれませんが、今はまずありえない。著者は現在の若者に、これだけの覚悟をもてるかと挑発しているように感じました。

片山 私が本書から連想したのは、一九六九年の東映映画『日本暗殺秘録』ですね。近代日本暗殺史といったオムニバス映画で、任侠映画もどきにデフォルメされた血盟団が活躍します。井上準之助を暗殺した小沼正は千葉真一が演じまして、完全無欠の純粋な愛国青年でした。

山内 懐かしいですね。井上日召は片岡千恵蔵が演じたでしょう。これが実に名演技で、井上というとすぐこの千恵蔵が浮かんでしまう。火鉢で暖をとりながら、ピストルを手渡すシーンなどは、リアリティというか、井上日召って、こんなに包容力と存在感に溢れていたのか、と勝手に映画で想像した。

 先に世代の話をしましたが、我々の世代が、著者のように血盟団を純粋にものとして描けないのは、実際の彼らを間接的にせよ多少は知っているからですね。一九四七年生まれの私が若かった時分は、小沼も、団琢磨を暗殺した菱沼五郎もみんな存命でした。赤尾敏の名前もちらりと出てきますが、彼が数寄屋橋で演説している姿などは、日常的な光景だった。

片山 さらに言えば、菱沼は、戦後、自民党員となり、茨城県県議会議長として長く地方政界に君臨しましたし、四元は中曽根康弘や福田赳夫、細川護熙などとも交流の深かった大物フィクサーでした。四元などは晩年近くのインタビューで、戦後に自分がゼネコンを経営したのも、井上らに影響を与えた権藤成卿の愛郷精神を実現しようとしているからだという趣旨の発言をしています。私などはむしろここに思想のドラマを感じてしまう(笑)。是非、中島さんには昭和のテロリストたちの戦後篇を書いていただきたいですね。