木下昌輝はデビュー作『宇喜多の捨て嫁』で直木賞候補となり、オール讀物新人賞・高校生直木賞・歴史時代作家クラブ賞新人賞の三冠を得た。その剛腕についてはもはや、多くの言を俟(ま)たないだろう。
新刊『人魚ノ肉』は新撰組の面々に迫った、幕末の怪奇譚である。壮絶な派閥争い、不条理な支配関係、容赦のない殺戮が躊躇なく描かれていく。彼らは大義や志を語らない。あるのは、強烈な自意識である。組織の中で己が拠(よ)って立つ場を求め、屈辱感と妬心、血に塗(まみ)れながら、上役や朋輩の動向に目を凝らす。裏切り、裏切られて、互いを斬り結ぶ。
しかし彼らは人魚の肉を身中に入れたことで、死者になれない。人魚の肉片は得も言われぬ芳香を放ち、口の中でトロリと溶けるそうだ。そして生と死の狭間をリプレイさせられる。
ややもすれば閉塞感を伴いがちな主題に思われようが、作者は短編連作の体によって人間の業を見事に描き分け、捌き切っている。妖(あやかし)によってあぶり出されているのは、まさに「生」の怪奇なのだ。
この作品が幕末の京都伝としての読み応えをも深めているのは、新撰組と対峙する坂本龍馬や岡田以蔵らだけでなく、京の生え抜きの町人を配している点にある。彼の人生によって、物語は京という土地に根を張った。
さらにもう一つ触れておきたいのは、時空の広さだ。物語の現時点ではないものの、天保八年に起きた大塩平八郎の乱が実に効果的な符号として挿入されている。そして終盤は明治十年、西南の役が舞台だ。“幕末”は大塩平八郎の乱に始まったと私は解しているし、事実上の終焉は西南の役と言えるだろう。
これらの時空を悠々と行き来しながら、著者の筆はあくまでも冷徹さを失わない。であればこそ、「骸ノ切腹」で登場人物に用意した最期の場面は、死者への篤い手向(たむ)けに思えた。「死」は、救いでもある。
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