本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
東大生強制わいせつ事件が照らすもの

東大生強制わいせつ事件が照らすもの

姫野 カオルコ

『彼女は頭が悪いから』


ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『彼女は頭が悪いから』(姫野カオルコ 著)

 こうした真実は、非実用的で非合理的なものがたりの形態をとることで、詳らかな描写が可能になり、如実になる。その果てに、理性と論理が現れるから、創作を、ときには“小説”と呼ぶのではないか。

 なれば、『彼女は頭が悪いから』は、読む者をいやな気分にさせる小説である。

 それは、作中登場人物に対してというよりも、自分自身の中にあるいやな部分を、照らして見せつけられる、いわばミラー小説だからである。

 作中登場人物の東大生たちが、もし、「東大男子とセックスしませんか」と呼びかけ、「キャー、したいわしたいわ」と集まってきた女子学生と性交しているのであれば、読む者はさほどいやな気分にはなるまい。登場人物たちが、こういう行動をしなかったから、いやな気分になるのである。

 作中の登場人物たちが表に出すのは「ぼく東大なんだけど……」くらいで、「東大なんだけど」の後は「……」だ。出された相手も「あ、そうなんだ……」くらいのリアクションをする。両者間にある、この「……」に、平和で安全な(今のところ)日本の、平成末期の首都の、毎日の暮らしの中にある、様々なぬめりとざらつきが煮しめられているから、いやな気分になるのである。

 しかし、人の気持ちとは、非実用的で非合理的ながら、いや、だからこそ、いやな気分を拭い、吹っ飛ばそうとする何か、も持っている。吹っ飛ばしたあとに何かが鮮明になることもある。

 何かとは何か、どんなことなのか。一言ではあらわせないから、非実用的で無駄だと馬鹿にされながら、「ものがたり」は在ってきて、在っていくのだと、私は思う。


ひめのかおるこ 一九五八年滋賀県生れ。九〇年『ひと呼んでミツコ』で単行本デビュー。二〇一四年『昭和の犬』で直木賞を受賞。『受難』『ツ、イ、ラ、ク』『謎の毒親』等著書多数。

単行本
彼女は頭が悪いから
姫野カオルコ

定価:1,925円(税込)発売日:2018年07月20日

ページの先頭へ戻る