[第9回 高校生直木賞全国大会レポート]“危機の時代”の高校生直木賞

高校生直木賞

高校生直木賞

[第9回 高校生直木賞全国大会レポート]“危機の時代”の高校生直木賞

文: 伊藤 氏貴 (高校生直木賞実行委員会代表・明治大学文学部教授)

『テスカトリポカ』

A “読み尽くせないもの”をこそ評価したい。メキシコの麻薬カルテルという異世界を描いているが、エンタメ性に圧倒され、日常と全く異なる世界観に引き込まれた。咀嚼するうちに、異質な神話、暴力、メキシコという舞台が、日本というよく知った場所に近づいてくる。神話の世界が資本主義の下に再構築される中で、見知ったはずの現代社会が、野蛮と見なしてきたアステカ神話とリンクしてくる。背筋の凍るような怖さ、遠近感、扱いに手こずる解釈の幅広さに、読み尽くせない、語り尽くせないおもしろさを感じる。

B 麻薬と資本主義、アステカ王国の神話という異形の組み合わせだ。混然としたものを秩序立てて世界観をつくっているところが抜群によい。麻薬とか殺人がストレートに描かれていて、高校生に薦めるのはためらわれるけれど、グロテスクでもいいんじゃないかと思わせる力がある。

©中尾仁士 ©杉浦しおり ©谷川潤

C 私は逆に、高校生の知らない世界、アステカ、臓器売買、麻薬などを、『テスカ』を読んでもっと知ってほしいと思いました。

D 現代人がグロいと思う描写は、アステカ時代の人にとっては美学なんだよ。自分たちとは対極にいる人物を読むことができるのが、小説の魅力なんじゃないかな。

E ただ、視点の切り替えが多くて、ついていけない高校生もいるのでは?

F 胸やけしそうな場面があっても、視点が替わって別の描写が入ってくることで先を読み進める推進力が生まれているんだよ。僕は本を読む手を止められなかったし、事件が自分の身近で起きているかのような錯覚さえ覚えた。

伊藤氏貴代表

『スモールワールズ』

G 短編集の、各編の並べ方に工夫がある。「ネオンテトラ」が少し怖めな終わり方、軽くて笑える「魔王の帰還」を挟んで、「ピクニック」も少し怖めと、緩急がついていて、身近すぎてつらい部分があっても、心軽く読んでいけました。

H 最終的に伏線が回収され、各短編が1つに繋がる快感がある。高校生にとっては『スモールワールズ』が一番読みやすいと思う。

I 個々の短編の完成度が高く、それぞれ楽しめるうえに、作品同士の繋がりも楽しめる。楽しみ方がたくさんあって何回も読みたくなるよ。

©中尾仁士 ©杉浦しおり ©谷川潤

J 育児ノイローゼやジェンダーなど、現代社会の問題点について考えさせられ、自分のこととして読めました。

K 身近な状況を描いているわりに共感しにくいという感想もあったが、それはあえて意図的に結論をぼかして解釈の幅をもたせているからじゃないか。ふわっとした読み心地が魅力だと思った。

高校生の議論に聞き入る実行委員会のメンバー

『同志少女よ、敵を撃て』

L 同年代の女の子が戦争で敵を殺すという衝撃的な設定で、自分自身の置かれた状況と比べながら読んだ。高校生に新たな気づきを与えるという観点で選ぶなら、戦争、性差、現在のロシアとウクライナの情勢など社会問題をよりシンプルに問うているこの作品を高校生直木賞に推すことに意義があると思う。

M 戦争中は人を殺すことが称賛される一方で、女性だとなおさら、戦後、狙撃兵というレッテルに苦しめられるところがリアルだったなあ。

N 平和に暮らしていた少女が、突然周囲の世界を破壊されて戦争に入っていく、殺す側に回っていくという戦争の恐ろしさを感じられる作品。現在の戦争でも同じことが行われているかもしれないと、現場を想像できるよさがある。同年代の女の子として身近に感じられた。

©中尾仁士 ©杉浦しおり ©谷川潤

O 参考文献に挙がっていた『戦争は女の顔をしていない』(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ著)はノンフィクションで、こちらの方が事実を生々しく書いているが、その分、友達には薦めづらい。それに比べると『同志少女』には爽やかさがあり、戦争やジェンダーを考える入口としてはよいのではないか。

 作品同士の比較論は熱くなりがちだが、本の読み方や評価のポイントは、当然人によってまちまちだ。本来比べようのないものをどのように比較し、“自分たちの1作”を選ぶのか? 「高校生直木賞にふさわしい作品とは何か」という“物差し”もまた、活発な議論の対象となっていく。

P “高校生に薦める”ことを強調しすぎると、ステロタイプな“高校生らしい高校生”を量産するだけになってしまうんじゃないか。高校生直木賞はここにいる僕らの感性で選べるのだから、そうすべきだ。

Q 『同志少女』のキャラクターは平明で共感しやすく、だからこそ戦争やジェンダーを内側から考えられる。だが、その分、型にはまっているところはあるかも。

R 私は『同志少女』を軽いとは思えなかった。むしろ重すぎて人に薦めるのは難しいと思った。interestingという意味の面白さでは『テスカ』が一番で、勉強になるかどうかより、やっぱり面白さが大事だよ。

S 『テスカ』は物語構成を緊密に突き詰め、死の描き方も抽象的で、かえって人の死について深く考えさせられる。現実との関わりよりも、作品自体のよさをもっと論じるべきじゃない?

T 『テスカ』は死んだ人の描き方に思いやりがない。『同志少女』には最初、戦争の世界に入っていくことへのためらいがあり、そこから主人公が変化し、成長していくのがすばらしい。

U 順位のつけ方は様々あるだろうが、高校生の読みやすさで選ぶなら、やっぱり『スモールワールズ』でしょう。

V 『同志少女』は端的にエンタメとして面白いよ。戦争を爽やかに描きすぎているという批判もわかるけど、独ソ戦の史実を忘れてしまうことが一番怖いと思うので、この作品は戦争を知る入口としていいと思う。

W 今、戦争を考えることは大事だ。でも、だからこそここで『同志少女』を選ぶのは時流に乗っているだけに見られて悔しい。作品が好きなだけに、推せない……。

 議論は尽きず、発言の指名を待ちきれない高校生たちは、チャット機能を駆使して自由に意見を交わしていた。

指名を待ちきれず、チャット機能を駆使して議論

 合計4時間におよぶ激論をへて、37校による決選投票の結果、16校が『同志少女よ、敵を撃て』、11校が『スモールワールズ』、10校が『テスカトリポカ』を推した。受賞作は『同志少女よ、敵を撃て』に決したが、票は割れた。

 たとえば戦争という複雑でおどろおどろしいものをわかりやすく書いているということが、ある者にとっては欠点と映り、ある者にとっては長所と捉えられる。これはもう、文学の価値とは何かという大問題に繋がる議論である。当然、1つの正解があるわけではない。

 ここで戦わされた議論を踏まえ、参加者各人がさらによき読み手とならんことを。

©中尾仁士 ©杉浦しおり ©谷川潤
星落ちて、なお澤田瞳子

定価:1,925円(税込)発売日:2021年05月12日


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