今村翔吾『塞王の楯』
A 歴史小説はあまり得意じゃないんですが、一気に引き込まれました。
B それは多分、歴史ものなのに、焦点が普通の人に当たっているからじゃないかな。
C たしかに、戦(いくさ)についての話なのに、フォーカスを当てるところが兵士や武将でなく、石や鉄砲についての技術職人であるのがおもしろいね。
D 迫力や臨場感、人物の気持ちの高ぶりや興奮がありありと伝わってきた。砲台対石垣、矛対楯の手に汗握る戦いは、大河ドラマを見ているかのようだった。
E 職人の長であるふたりの主人公の価値観が対照的で、どちらにも道理があると感じられ、その分、「自分だったら」と、客観的に考えることができた。己の信念のためにぶつかり合い、死に物狂いになる姿はカッコいいよ。
F 戦の最中にも石垣を作り続けるには、とんでもない勇気が必要だと思う。平和を守る手段を考えるという意味では、ものすごく現代的なことが描かれているのかも。
G 戦の中で追い詰められた人間の描写がリアルで、作者自身にそういう経験があったのかとさえ思いました。
H 苛烈な戦いの末に勝者がいないというところは、今のロシアとウクライナの戦争にも繋がると思う。
I 単純に、登場人物がカッコいい! 読者ごとに「推し」ができる。尊敬できる人物に出会えるという点で、まさに高校生である今、読むべき作品じゃないかな。
J 人それぞれの個性が石垣のようにはまっていく、という一節に心打たれた。
K 少年マンガのような熱量とわかりやすさがあるよね。ぐいぐい読んでいけました。
佐藤究『テスカトリポカ』
A メキシコの麻薬取引というダークな部分と、古代アステカ文明とを結びつける発想がおもしろい。宗教など難しい要素はたくさんあったが、きちんと説明があって、十分理解できたと思う。
B 麻薬とか殺人とか、派手な要素ばかりでなく、登場人物の描写の細やかさにも注目したい。たくさんの人が出てくるけれど、ひとりひとりに感情移入しやすいところがいい。
C 常軌を逸した登場人物が多く、飽きずに楽しめた(笑)。人を何人も殺したコシモが一番普通に見えるところが、かえって恐ろしいよ。
D ストーリー構成、登場人物の心情描写、臨場感のある表現等のすべてがすばらしかった。端的に、自分のまったく知らなかった世界を知ることができた。これは小説のよさじゃないかな。
E 日常からかけ離れているのに、妙な臨場感がある。残虐な描写は苦手な人もいるかもしれないけれど、この描写があるからこそアステカ神話に奥行きが出るんだと思う。
一穂ミチ『スモールワールズ』
A 少しずつ世界が広がり、繋がっていく構成が、『スモールワールズ』という題名のとおりだと思った。
B 登場人物たちがゆるやかに繋がって1つの世界を表現している短編集。読み終えて、すぐもう一度読み返したくなる。
C 他の作品と違って、唯一、私たちの生きている時代、場所を描いている作品だよね。場面が日常的で、高校生にも共感しやすいです。
D LGBTなど現代の社会的な課題を考えるきっかけになるし、そのとりあげ方が小説的で、説教くさくなくて、おもしろい。
E どこか向田邦子作品っぽい雰囲気を感じました。
F 大人も子どももみんな少しずつ困っていることがあるんだなと知って、「私も勉強頑張ろう」と思った(笑)。
G 収録作の中では「ネオンテトラ」が一番よかった。大人と子どもで考えることは違うけど、どちらも互いに支え合っているんだなと感じ、さまざまな愛の形がわかった気がする。
H 人間って、弱さや汚さをすべてをさらけ出し、傷ついて、傷つけて、それでも自分を守り、小さな世界を守って生きているのだなと感じられて、感動しました。
逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』
A 今、ロシアとウクライナで起こっている問題を意識しないわけにはいかない。少し前なら、戦争ものって「歴史」であって、現実感あるものとしては読めなかっただろうけど……。
B 現実に戦争を見聞きしたことはないが、この作品には臨場感が感じられた。「自分だったら」と考えずにはいられなかったよ。
C 主人公が自分たちと同年代の女子で、感情移入しやすい。「戦争と女性」という問題についても気づかされることが多かった。
D ちょうどこのあたりのことを世界史で習ってるんです。歴史的事実と登場人物の心情と、その両面から戦争を「自分ごと」として考えられる。憲法が変わったら自分たちだって戦争に行くかもしれないし、今まさに高校生が読むべき本だ。
E でも、果たしてこれは戦争について考えるのにふさわしい作品だろうか。学ぶなら小説でなくてもよいのではないか。『同志少女』には臨場感があり、登場人物が魅力的で、物語としてよくできている。小説としての魅力はそちらにあるのではないか。
F もしロシアとウクライナの戦争が起きる前に本書を読んでいたら、まったく違う読み方をしていただろうと思う。でも、今となってはもう現実と結びつけずに読むことはできない。それも作品の価値でしょう。
G 女性にばかり焦点を当てる描き方はどうなのか。なんだか男性が損な役割を押しつけられているように見えるんだけど……。
H 登場人物に美形が多いところも気になる。本書の世界観を、今の現実にストレートに重ねてしまっていいのだろうか。
「いくさ」「戦争」「死」を描く作品が複数あったせいか、高校生たちが生きている「今」と重ね合わせて読む意見も多く見られた。“危機の時代”の高校生直木賞をどう選ぶのか――。議論は熱をおび、あっという間に2時間余が経過する。
ABC各班での投票の結果、
『テスカトリポカ』
『スモールワールズ』
『同志少女よ、敵を撃て』
この3作に絞って、本選(最終選考)が始まった。ここからは代表生徒37名(1校は当日欠席)が一堂に会し、“受賞作を決める”という意識で、議論が白熱していく。