第二次世界大戦時、ソ連に多く存在した女性狙撃兵に焦点を当てた本作で、デビューを飾った逢坂さん。
「小説の題材として独ソ戦はずっと頭にあったのですが、近年『戦争は女の顔をしていない』や伝説的女性狙撃手の回想録などが邦訳されて急速に資料が揃い、執筆の下地が整いました。これほど前線で戦った女性たちは、世界史でも突出した存在です。普通の、少女と言ってもいい年頃の女性たちが、武器をとり戦わざるを得ない状況になり、望むか否かによらず順応してしまう。その姿を通して従来の男性中心とは違う戦争を書きたかったんです」
故郷の村がドイツ軍の攻撃を受け、一人生き残ったセラフィマ。絶望する彼女に、赤軍兵イリーナは「戦いたいか、死にたいか」と問う。復讐心を燃やし「殺す!」と答えたセラフィマが連れて行かれたのは、イリーナが教官を務める“学校”だった。
「資料を読むなかで中央女性狙撃兵訓練学校というものがあったと知り、これで小説を始められると思いました。兵士として未完成の状態から描くことで、自分たちから遠すぎない、親しみのもてる人物として表現できる。一方で、狙撃というのは相手を自分の目で見て狙う、特に“殺す”という実感の強い行為です。戦場で人間性を喪うのではなく、仲間と喜び悲しみを共にして時には冗談で笑い合うことと、人間を殺すということを両立しないと生きていけない。その不条理こそが戦争の本質ではないでしょうか」
貴族的風貌ながら労働者階級の誇りを主張するシャルロッタ。空襲で我が子を亡くしたヤーナ。革命後は悪役扱いされるコサック兵の家系に生まれ、汚名を雪ぐことを志すオリガ。出自も目的も異なる女性たちが連帯して戦争に立ち向かっていく様が胸を打つ。
「経歴や性格だけでなく、何を大事にしている人なのかという価値観が決まると登場人物が立ち上がってきます。“少女が戦う”というある種のフェティシズムに陥らないよう、彼女たちが何を考えて生き、または死に、どう戦後を過ごしたのかを、主人公以外も一人一人、徹底して考えました」
新人離れした筆致で大きな話題を呼び、直木賞候補に。「もう少しひそかに、しみじみと世に出るつもりだったのですが」と若干の戸惑いは見せつつ、手応えも強く感じている。
「違う国、違う時代を生きた彼女たちの、しかも戦争という重い題材の物語をこんなに広く読んでいただけるとは嬉しい驚きでした。小説にしたいモチーフはいくつもあるので、テーマを深めて一作ずつ書いていきたいです」
逢坂冬馬(あいさかとうま)
1985年生まれ。明治学院大学国際学部国際学科卒。本作で選考委員満場一致で第11回アガサ・クリスティー賞を受賞し、デビュー。
第166回直木三十五賞選考会は2022年1月19日(水)に行われ、当日発表されます。
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